天秤は真実を腕に、炎を燃やす

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気付けば、遠藤の体は細かく震え始めていた。男はそのような遠藤の様子を見ながら煙を吐き、説明を続ける。 「四。たとえ三までのルールを守っていても、天秤(こいつ)を持ち続けていれば、いつか砂を戻して再利用したいと思う日がやってくるだろう。それを防ぐために、天秤そのものを破棄する必要があるんだ……こんな感じに、な」 男はいつの間に取り出したのか、手にした長い杖を力強く水平に振るい、遠藤の机を払った。机上にいくつか存在した人形や果実類をも巻き込んで、杖先は『幸福の天秤』を床へと叩き落とした。 ががだっ。 硬い床に衝突した華奢な木製天秤は、あまりにもあっさり、かつ無抵抗に関節部を砕かせ、細やかな残骸を散らばらせる。 「な……何を!?」 遠藤は男が取った突然の行動に驚愕し、悲鳴混じりの叫びをあげながら〝天秤だったモノ〟に駆け寄った。 もはや砕け散った天秤に、秤にかけるものはおろか、自身を支える力すら残されてはいない。 「今やどっちにしろ無用の長物、こうするのが一番だ」 「ひ、酷いよ! こんなになっちゃって……これじゃ、もう……私の成功は、輝かしい未来は……!」 「……驚いたな。まさか嬢ちゃん、まだこいつを使うつもりでいたのか? わかってるか、お前さんはこいつで親友を殺したも同然なんだぞ?」 「私が、殺した……?」 残骸を拾い集めようとしていた、遠藤の動きが止まった。 勢い良く駆け寄ったために、眼鏡が床に落ちてしまっているが、それを直すことすらしない。 男は濁った煙を吐くと、遠藤を見下ろす格好のままに言葉を続ける。 「いいか。お前さんが限界を超えて運を貪り続けた結果、彼女は全てを失った。お前さんは知らないだろうがな、彼女は退社後すぐに旦那の浮気で離婚している。さらに親の会社の破産で文無しになったり、散々な目に遭ってきたんだ。彼女の運は、ゼロどころかマイナスといえる程に無くなっていた。今日まで生きていられたのが不思議な程にな。お前さんは彼女が未だ変わらず幸せな日々を過ごしてると思ってたようだが、実際は違ったというわけだ」 男はもう一本葉巻を取り出すと、前の葉巻を指に挟んだまま吸い始めた。遠藤は固まったまま動かない。
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