第1章

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 最初にノアが胸を張って声高々(こわたかだか)に話した――笑いを誘う為か本気か(おそらく前者だろう)、自慢話も同然の内容だった上に実際にアカペラで歌ってみせた――。  そしてその後に、咲空は渋々小さな声で「小説家」とつぶやいた。  その様な中で、律はずっと真摯な態度で聞いていた。そして聞き終わるや否や、打ち明けてくれたことへの感謝と2人への賛辞を込めて、嬉々として心から応援すると述べた。 「ねえ、今度は律っちゃんの夢を聞かせてよ」とノアはベッドに寝そべりながら言うと、部屋の隅に置かれた学習机の椅子に腰掛けている律に向かって、期待を込めた眼差しを送った。 「……僕の夢など、二人と比べたら何の変哲もない、平凡この上ないものだよ。出来るだけ良い大学に進学して、学業を(おこた)らずに良い会社に就職、家事の出来る良妻賢母な人と結婚して、子供は男の子と女の子の二人もうける。そうしてゆるゆると年を取ってゆき、老衰で眠る様に逝く、そんなものかな」と終始生真面目な顔で語ったのだが、咲空と希空は二人揃って堪え切れずに、苦虫を噛潰した様な顔をして、狭いベッドの上を左右に転がった。 「薄々気が付いてはいたけど、本当に退屈な男よねえ、律っちゃんは。男なら冗談でも世界征服を掲げるくらいじゃあないと」と言ってノアは、眠たげに天井を仰いだ。 「それじゃあまるでクラスやテレビでよく耳にする様な、一般的な女の子の回答じゃない、律っちゃん」と言って咲空は、冷たい眼差しを送った。 「君達二人ときたら……みんながみんな大層な夢を持ってると思ったら大間違いだからな。それに事ある毎に、男だ女だなどと言って差別する癖に、僕が男みたいな真似は止せなどと言おうものなら男女平等を訴えるのだから、全く矛盾しているよ。毎度の事ながら、その自己中っぷりには脱帽するね」と言って深々と溜息を吐いた。 「別にいいじゃない、後学の為にも女の子はワガママな生き物だ、って覚えておきなさいよ。とにかく、どうせこの世に産まれてしまったのだから、博打の様な人生を選択した方が面白味はある、という風には思わないのかしら」とノアは、さも不服そうに口を尖らせて言った。 「ノアは兎も角、さくらはもっと利口な奴だと思っていたのだけれどな」と言って肩を(すく)めてみせると、ノアの奥にいる咲空を見遣った。
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