第2章

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 予め分かっていた事だったが、それでも聞くべきではなかったのだと心の(うち)で呟くと、吐き気と目眩に襲われてその場に崩折れた。  そうして冷たい床に()せったまま、目を閉じる。  ひたひたに満たされた虚無感の中をぐらぐらと漂いながら、ただ彼女達の無意識の内に潜む残酷さに、僅かな哀れみを覚えた。 『同じ血を継ぎながらも、私はまったく別のモノなのだ。異端であるどころか、ただ消費され、傷み、摩耗していくモノに過ぎない』  二の腕に爪を深く立てながら、それでも自分の魂はまだ無垢なままだと、言い聞かせた。  憎まずにいる等、不可能な筈だった。ましてや愛すること等、到底不可能に思えた。  けれども彼女は全ての人間を、全ての生物だけではなくこの世界すらも、この上なく“愛していた”。  他者から見れば、それは議論の余地もない詭弁(きべん)であり、唾棄(だき)すべき理想論に過ぎなかったが、例え厭世(えんせい)しつつもその内奥(ないおう)に満ちているものは、純然たる愛なのだ。  彼女が厭世したのは、誰も傷付けたくはないという想いからだった。  しかし外界から一方的に流れ込んで来る憎悪との葛藤の中で、最終的に彼女の中で残留した表面的な感情は、“悲哀”唯それのみとなってしまったのだー…。  翌日、咲空の心情とは裏腹に、よく晴れた暑い日だった。  夏季休暇の真っ只中だったが、日が昇ると直ぐ様家を飛び出した。  行く当てなどない。  ノア、真っ先に頭を過ぎった彼女には会えない。会えば必ず自分の真情を吐露することになる。例えノアが相手でも、自尊心からそれだけは避けたかった。  蝉の単調な鳴声だけがこだまする清涼な朝、柔らかな日差しと木漏れ日に包まれた、人気の無い道路の真ん中で立ち(すく)んだ。頭はぐらつき、焦点が定まらない。  このまま一人でいれば、発狂してしまうかもしれない。  その様な漠然とした不安から、今自分がノアではない他の誰かを必要としているのだと思い立った咲空は、徐に携帯電話を取り出した。  しかし、彼女に示された連絡先は、たった十件にも満たない。当然、その中に目ぼしい人物など、一人しかいない。  何を求めているのかも分からぬまま、咲空の指はダイアル発信ボタンに触れていた。
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