第2章

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 コール音は、二度目で途切れた。  握りしめた掌の中、液晶にくっきりと表示されたのは、神田律の三文字だった。 「ーーもしもし、さくらか?電話を掛けてくるなんて珍しいな」と言った律の声は、何時もより少し低く、掠れている。  その声に、(にわ)かに心臓が跳ねる。考えてみれば、この頃は幾分か打ち解けてはいたものの、いつもノアが一緒だった。 「ちょっと付き合って欲しいの。横浜駅まで来て」と咲空は溢れそうになる感情を抑え、つっけんどんに言い放った。 「……なんだそれ。そんな深刻そうな声して、理由も言わない気か」深々と律はため息をついた。 「察するべきところだとは思うけど、でもデートの誘いなら、他にもっと然るべき時間帯があると思うんだが」と眠そうな声で呟いて、笑った。  その呆れた物言いに、咲空の両肩からは一気に力が抜けた。 「そんな冗談は要らないわよ“りっちゃん”。答えはイエスノーどちらなのかしら」と咲空はぴしゃりとそう言った。 「……行くよ。でも今回は貸しだからな」とぶっきらぼうに律が言うと、二十分後に改札口で落ち合う約束をして、電話を切った。  土曜日の為か八月の中旬の為か、漆黒のスーツを纏ったうだつの上がらなそうな中年の男が数人見えるだけの、がらんどうの電車の中で、咲空は怖じ怖じと隅っこに座った。  電車は次第にトンネルの暗闇へと吸い込まれ、見慣れた住宅街は消え去った。不規則にガタガタと揺れ続ける車内は決して快適なものではなく、吐き気を催した咲空は咄嗟に上体を滑らせた。  電車に酔うのは今日に限った事ではなく、よくある事だ。  気を紛らわせようと点検した咲空の服装は、夏らしい青のストライプが入った襟付きのワンピースに、小さめの白い革製のショルダーバッグ、リボンが付いた黒色のエナメルのミュールだ。可愛らしいと言うよりは上品であり、即席にしては上出来だ、と小さく安堵した。  横浜駅で電車を降りて改札口に向かうと、そこには既に律の姿があった。半袖の白いV字のカットソーに、ベージュのチノパンと紺色のスニーカーを履き、改札口の真正面にある柱に腕を組んだまま寄り掛かって、両目を瞑っている。  声を掛けるべきか、逡巡(しゅんじゅん)した後に軽く頬を(つね)った。  律は一瞬身体を痙攣させて、両目を開けた。 「正直遅刻してくると思ってた」と言って、咲空はにやりと笑った。
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