第1章

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 ーーそれは、突然の訃報(ふほう)だった。  四月十一日、午後六時。  その日は朝から分厚(ぶあつ)い雲が垂れ込めて、空は昼と夜との境界(きょうかい)を失っていた。  片貝咲空(かたがいさくら)は、いつもの様に大学の講義を終えて帰宅すると、いつもの様に無言で部屋へと閉じこもった。  (うし)()で閉められた扉、背後で閉まるその音を聞いた瞬間。まるでそのタイミングを見計らったかのように、握り締めていた携帯電話が喨々(りょうりょう)と鳴り響いた。  “これはきっと、黎明(れいめい)と共に終焉(しゅうえん)を告げる音だ”  その様な予感に指先は震えたが、ディスプレイに表示された名前を前に、放擲(ほうてき)する事など出来なかった。 「ーーさくら、僕の声が聞こえているのか」と神田律(かんだりつ)の低く強張った声が、電話口から響く。  その声に咲空はびくりと身体を震わせたが、開いた口から言葉はなく、依然として立ち尽くすばかりだった。  耳に残るのは、早朝から降り続いて止まない雨が、ぱたぱたと雨樋(あまどい)を流れて行く音。そして彼が発した“鴇沢希空(ときざわのあ)が亡くなった”という言葉だけだ。  鴇沢希空(ときざわのあ)は、咲空(さくら)が人生の大半を共にしてきた唯一無二の存在だった。  そして電話の主である神田律は、中学生時代の同級生だった。  三人は、同じクラスだったという点を除けば何の共通点も持たなかったが、進学後も不思議と多くの時間を共有した。  もっとも、大学に進学してからの一年間は、連絡を取り合うことはなかったのだが……。 「ーーどうやら自殺らしいんだ。  君は今更だと笑うかもしれないが、せめて理由を知らなければ。その為にも、明日の通夜に参列しようと思っている」  決然とそう告げると、続け様にキミも当然一緒に行くべきだと、きっぱりと口にした。 ーー本当に友だったのなら。  しかし、咲空は答える事が出来なかった。  まるで殻の内側に閉じ籠ってしまったかの様に押し黙り、一方的に電話を切った。  そしてそのまま、数年前から使用している古臭い携帯電話を、無造作に部屋の隅に放ってしまった。  細かい傷が無数に入ったそれは、フローリングの床に当たった衝撃で電池パックを失い、その全ての機能を停止させて文字通り化石と化した。  
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