第7章 夕涼みの誘い

20/50
前へ
/272ページ
次へ
色彩の乏しいオフィスに置かれると、より目立つ。 黄色とオレンジが、目に鮮やかだ。 共有スペースに飾られた花バスケット。 「おっ、珍しい」 「ええ!素敵でしょ?」 「花があるって良いよな~さすが、赤木さん!」 「ほめられても、何も出ませんよぉ!」 いつもより高めの声で、応じる真奈。 その楽しげな様子に、話に加わる人も増える。 数人が立ち止まって話すことで、課内の注目も自然と集まってくる。 机で書類を見ている勇樹も、時折顔をあげるのを確認して、真奈は口を開いた。 「偶然、良い花屋を見つけたんですぅ……そうだ、渡辺課長ー?」 「………何だ?」 注目の中、声をかけられたため、勇樹も返事を返さざるおえない。 極力、感情を抑えた声で答える。 「実は、そこで課長の奥さんが働かれてたんですよぉ!これも、作ってもらったんですよ?」 「課長の奥さん凄いっすね!」 周りが口々に騒ぐ中、真奈の目は勇樹を真っ直ぐ見つめる。 全体と見せかけて、勇樹に話しかけている。 「でしょー?皆さんも行ってみて下さいね。あっ!」 思い出したかのように、満面の笑みで付け加える。 「……特に女性にはおススメですよぉ!凄く格好良い店長がいるんです!」 その言葉に、女性陣も色めき立つ。 真奈は、誇張して鈴の容姿を褒めあげる。 勿論、言動には一切、触れない。 「でも、そんな男性と2人きりなんて、渡辺課長も心配になるんじゃないんですか?」 少し笑いを含んだ声で、勇樹に問いかける真奈の同僚。 その言葉を待っていた、真奈は心の中でほくそ笑む。 「いや、何もないって」 困ったような顔で答える勇樹。 「でも、人妻の”不倫”、増えてるって言いますよねぇ?ドラマとかも多いし。よくあるのは、夫が……」 すかさず、話に加わる真奈。 目線はずっと、勇樹の顔。 「ははっ!テレビの見すぎだ。花も良いけど、皆も、そろそろ仕事に戻れよ?……赤木、昨日の報告書の件で話があるから、あとで会議室に」 手で追い払うような仕草を見せる。 苦笑しているように見せかけながら、かなり苛ついている様子の勇樹。 こめかみがひくついているのが、その証拠だ。 「わかりましたぁ」 (久しぶりの2人の時間。上手く使わなくっちゃねぇ……?) 軽い足取りで、勇樹を追った。
/272ページ

最初のコメントを投稿しよう!

368人が本棚に入れています
本棚に追加