368人が本棚に入れています
本棚に追加
「そんなに怖い顔しないで下さいよぉ」
扉を閉めた途端に、睨みつける勇樹。
そんな勇樹に、真奈は悪戯っぽく笑いながら、両手を上げて見せる。
降参の仕草。
「偶然入った店に、由美子さんがいただけですってば。それに、私、約束守ってますよぉ?」
「どこがだ、皆の前で当てつけるように……!」
「会社や人事関係者に私達の関係は公表してませんよねぇ?あくまでも、一般論ですよぉ、不倫のね?」
「ぐっ……」
言い負かされて、唇を噛みしめる勇樹。
確かに、話題は2人のことではなかった。
「生意気なこと言ってごめんなさい……でもぉ」
背中を向けて、出ていこうとする勇樹のスーツが引かれる。
振り向くと、伏し目がちに応える真奈。
「知ってもらいたかったんですぅ……由美子さんだって、楽しくやっているってことを……」
「……由美子には、浮気なんかできるはずがない」
しばしの沈黙の後、勇樹が呟く。
逡巡している間に、勇樹の僅かな心の揺れを感じ取った真奈。
心に芽生えた、小さな小さな疑惑の芽。
「わかりませんよぉ、由美子さんも妻である前に女ですからぁ……ところで、課長は黄色のバラの花言葉を知ってます?」
「知らん。それより話は以上だ!赤木も早く戻れよ」
そう言い残すと、扉に消えた勇樹。
自分の心に、慌てて背を向けるかのような早足で。
由美子に唯一指定した、黄色のバラ。
バラの花言葉は、大半のものが良い意味を持つ。
赤の愛情、ピンクの上品、白の尊敬……
父の日には、幸せや幸福の象徴として黄色のバラを贈る。
ただ、黄色のバラに隠された正反対の花言葉。
”嫉妬”、”不貞”
真奈の心の声を象徴した花。
何はともあれ、あのアレンジメントをきっかけに、勇樹の心に種をまくことができた。
イケメン店長の話は、種を出芽させるための栄養分。
(あとは、この疑惑を大きく育て上げるだけぇ……)
疑惑に真実など必要ない。
ただ、それを取り繕う体裁だけあれば良いのだ。
疑惑など、真奈には、いくらでも作り出すことが出来る。
「さぁて、どんな花が咲くのかしら……?」
出来れば、目を背けたくなるような醜悪な花を願う真奈。
その疑心暗鬼の花が、勇樹と由美子の間を引き裂くことになるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!