第7章 夕涼みの誘い

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「お帰りなさい。今日は早かったのね」 エプロンを脱ぎながら、由美子が微笑みかける。 「ああ……たまにはね」 頷きながら、椅子に座る。 目を見開いて、驚きを表しながらも、手際よく食卓を整える由美子。 その様子を静かに観察する。 春先頃から、時折浮かべていた憂いの表情が消えている。 (以前の、由美子に戻ったはずだけど……?) 微妙に感じる違和感に首をひねる。 今日、真奈から聞いた、仕事先の店長の件が気になって早く帰ってきたわけじゃない。 (……最近、忙しくて構ってやれてなかったからね) 勇樹の主張した結婚記念日のやり直しは、忙しさを見かねた由美子から、来年期待していると、やんわり拒絶されていた。 大規模プロジェクトは、今の所、何事もなく進んでいる。 だけど、圧倒的に時間が足りない。 今日も残業する仲間達に謝りつつの、特別な定時帰宅だ。 「家族サービスも大切だからね……」 「何か言った?」 久しぶりの2人で囲む食卓。 「いいや、何でもないよ……それより、由美子が作ったアレンジメントって言うのかな?花をバスケットに詰めたのを見せてもらったよ」 「えっ!赤木さん、本当に会社に飾ってくれたの!?」 食卓に身を乗り出さんばかりに、喜ぶ由美子。 「ああ、色合いが綺麗だったね」 真奈の近くにあったから、詳細には見ていない。 ぼんやりと覚えている感想を口にすると、ますます嬉し気に話し出す。 こんなに口数の多い由美子は、久しぶりに見た。 「そんなに、花屋の仕事は面白いの?」 「ええ!毎日が新しいことだらけで、失敗も多いけど楽しいわ!」 満面の笑みを浮かべる由美子に、妙な焦燥感を感じる。 何だか由美子が、遠くにいるみたいな。 カゴに入れて大切に飼っていた小鳥が、逃げ出して室内を自由に飛び回っているような。 うっかりすると、そのまま戸外に逃がしてしまいそうだ。 (何だか……気に食わないな) 自意識過剰ではないが、由美子の中で、勇樹は最も心を占める存在だった筈だ。 だからこそ、勇樹の行動に一喜一憂していた。 花屋での仕事に夢中な由美子。 今も、習ったばかりという技術を勇樹に説明を始める。 無意識に、由美子の自立の一歩を感じ、眉をしかめた。
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