第7章 夕涼みの誘い

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「うっ…私……?」 「目が覚めたかな。水、飲める?」 痛む頭を押さえながら瞼を開くと、心配げに覗きこむ勇樹。 こくり、とうなずくと、ゆっくりと背中に片手が回される。 カラカラに乾いた喉が、期待で小さく鳴った。 「口、もっと開いて……」 冷たいペットボトルの飲み口のかわりに、温かい唇が押し当てられる。 口移しで与えられる水。 飲み切れなかった分が、口の端から滴り落ちる。 「……んくっ……はぁっ……」 「もっと欲しい?」 生き返った心地で、息をつく由美子のあごを捕らえたまま、尋ねる。 乾ききった喉は、更なる潤いを求める。 まだまだ足りない。 熱で揺らぐ頭のまま、無意識に頷く由美子。 「……お望み通りに」 嬉しげに微笑むと、ペットボトルをあおる勇樹。 夢中で水を求め、伸ばされた舌。 それを、優しく愛撫しながら少しずつ水を与える勇樹。 「う~ん、今日もお預けかな……」 十分に水を与えられ、満足げに眠りに落ちる由美子。 思う存分、由美子の口内を味わった勇樹は、残念そうに横たわる姿を見下ろす。 まだ、完全に回復していないだろう由美子を、起こして強要するのは気の毒だ。 そっと、抱き上げて寝室に運ぶ。 大規模プロジェクトは待ってくれない。 何とか時間を作った今日の分も、埋め合わせをしないといけないのだ。 (あーあ……早朝出勤かな) そして、明日からお決まりの残業フルコース。 ため息をつきながら、由美子の頬にキスを落とす。 すれ違いばかりだ。 せめて、少しでも一緒にいたい。 由美子の横に、身を滑らせる。 (夏祭りか……) ”ここの屋上からも綺麗に見えるんっス!” 花火もあると、元部下の藤沢が言っていた。 結婚当初は、外出が苦手な由美子を誘い出し、何かと遊びに行ったものだった。 何時しか、仕事を言い訳にそうした機会も減っていった。 女から妻へ…… ”釣った魚に餌はやらない”という言葉がある。 勇樹も含め、世間一般の男はそういうつもりで行動していたわけではない。 ただ女性の関心を惹くための、過剰なサービス期間が終わり、落ち着いた安定した関係になったということだけなのだ。 行動や態度に表さなくて伝わるだろうと思う男性と、行動や態度で相手の愛情を確認する女性。 その違いがこうした事態を引き起こす。
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