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交わる視線。
重たい空気の中、睨みあう2人。
「……ちっ!壁、直しとけよな!」
拗ねた声で、扉に背を向ける純也。
「了解~ついでに壁紙を花柄にしてあげましょうか?」
クスリ、と笑いながら、純也の負け惜しみに余裕たっぷり返す。
先ほどまでの雰囲気はかけらもない。
「うるせぇ、余計なことすんなよ!」
しっかり釘をさしておかないと、本当にやりかねない。
「えー?無料でリフォームしてあげるのにぃ?」
同じ人物だとは思えない変わり方に、純也はため息をつく。
(今日は、諦めるか……)
未だ、あの口調になった鈴に勝てた試しがない。
「で、俺は一日、仕事もせずに何をすれば良いわけ?」
口元を微かに曲げながら、純也は答える。
従ってはいるものの、悔しくない筈がない。
ついつい口調が皮肉っぽくなる。
「由美子ちゃんと店番しててくれる?1人だと不安だろうから……夕方からは、3人で夏祭りに行くからよろしく~」
「問答無用で俺も参加かよ……」
「もちろんよぉ!純也君も、たまには息抜をしないと駄目だからね?今日1日は仕事のことは忘れちゃいなさいな」
ワックスで無造作に、前髪を全て後ろに流す。
その様子を興味深げに眺める純也。
くつろぐ純也を促して、階下に降りる。
「そんな格好で、どこに行くんだよ?」
なぜか、純也に負けないぐらいのため息をつく鈴。
「まぁ、子供でいうと歯医者に行くようなものよ……必要に迫られているけど、泣き叫びたいみたいな……あ、おはよー!」
「おはようございます!あ、純也君!?」
驚く由美子に、軽く手を上げる純也。
鈴愛用のエプロン着用を目で促され、全力で拒否している最中だ。
結局、この勝負は純也に軍配が上がった。
「2人とも留守番よろしく~店は昼まででいいからね……って、由美子ちゃん!」
残念そうにエプロンをしまいながら、眉をつり上げる。
いつもよりは身の回りに気をつかっている由美子だが……
「もうっ、せっかくだから浴衣を着ましょうよ!純也君にみつくろってもらって……」
「そんな、悪いですよ!」
「遠慮はよくないわよぉ……」
純也の耳元で、何事か囁いて鈴は店の外にでる。
気持ちよく、乾いた風。
「今日も暑くなりそうね……」
額に手をかざしながら、鈴はどこまでも青い空を見上げた。
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