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背中に視線を感じる。
見られている。先ほどからずっと。
(な、な、何かした、私!?)
茎を切る手が、動揺でぶれる。
午前中から、無難に接客をこなしていたと思う。
覚悟を決めて、振り返った。
まっすぐな瞳と視線が絡まる。
肘をカウンターにつけ、こちらを見ている。
「なぁ、女って好きになったら、他のことはどうでもよくなるのか?」
「え……?」
予想外の質問に、手にしたハサミを落としそうになる。
「例えば職場を簡単に辞めたり、破滅するとわかっている相手に夢中になるとか……お前だって、旦那のために自分自身を変えてるんだろ?」
黙りこんだ由美子に、少し慌てたように付け加える。
「いや、俺がお前を変えてやるって言ったからか?……悪い、この話は忘れろ!」
焦りながら、カウンター上の商品を意味もなく右から左に並びかえる純也。
「……本当に好きになるってことは、とても嬉しくて、反面、とても苦しいことだと思う」
他の人のことはよくわからないけど、と前置きした上で、ゆっくりと話し始める。
「好きになるのは、自分の意志じゃ止められないの。頭では悲惨な結末がわかっていてもね、少しの希望にすがってしまう」
相手が自分を好きになってくれる、周囲の反対が祝福に変わってくれる、何とか上手くいくのではないかと願いながら。
「でも、これは女性だけじゃなくて男性も同じ」
「俺らも?男は理性、女は感情で動くって聞いたことあるけど?」
腕を組みながら、由美子に尋ねる純也。
その表情は、納得しかねる様子だ。
「理論上はね。だけど、実際、恋に落ちたら男女の差なんてないわよ?仕事や家庭、将来すら捨ててでも、その人と共にいたいと思ってしまうの」
由美子は、古い歌謡曲の一節をハミングする。
「”ハート泥棒”って笑っちゃうけど本当。自分の心の一部が知らぬ間に盗まれて、相手の手の中にある。それが熱を失うまで、自分ではどうしようもないから、相手に好かれたくて懸命になるのね」
少しだけ、純也に笑いかけて、話を続ける。
「だから、私は勇樹のためというよりは、自分のために自分自身を変えたいのよ。でも、臆病で……私が少しでも変わったと思ってくれるなら、それは純也君のおかげよ?」
「……そういうものなのか?」
いぶかしげに首を傾げる純也に対し、今度は盛大に吹き出す。
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