第7章 夕涼みの誘い

31/50
前へ
/272ページ
次へ
「純也君、本当に人を好きになったことないでしょう?」 無言を貫く純也に、笑いを抑えきれない。 「うるせぇ、笑うなよ!お前より、よっぽど経験あるからな!?」 顔を赤くして、怒鳴る純也。 ムキになるところが、子供っぽい。 純也の容姿から判断して、相手には不自由してなさそうだ。 恐らく、心が伴わない、身体だけの関係だったのだろう。 純也はまだ若い。 そのうち、心が溶けるような恋をするはずだ。 「言っとくけど、童貞じゃないからなっ!」 「はいはい。それよりお昼の時間だけど、純也君はどうするの?」 由美子が勘違いしてると思いこんだ純也が、しつこく言い立てるのを流す。 いつもなら、昼は自宅に帰って簡単に済ます。 その時、夕食の用意もしてしまう。 「ん?ああ……」 純也は、スタスタと店先に向かうと、開店の札をひっくり返す。 「もう閉店でいいだろ?浴衣買いに行くついでに、飯食いに行こーぜ」 由美子の返事を聞く前に、車へと向かう純也。 (今日は、勇樹の晩ご飯は用意しなくて大丈夫だし……外食も久しぶり) 手早く片づけると、純也の後を追った。 相変わらず、激しいロックの溢れる車内から出る。 説明もなしに、前を歩く純也に必死でついていく由美子。 昼間の表参道は、ランチ目当ての女性が多い。 その人混みの中で、1軒のオシャレな店に躊躇なく入る純也。 「本当はラーメンが食いたかったけど……俺が選んで良いよな?」 ぼやきながらも、いくつかのメニューを手慣れた様子で頼んでいく。 「ここ、来たことあるの?」 「いいや、全く」 華やかな空気に、少し怯んでいた由美子に平然と答える。 「雑誌で評判が良かったし、美容に良い食材を使っているからここにした」 レモンを浮かべた冷たい水が、身体に染み込む。 内装やインテリアにもこだわっていて、若い女性に人気なのもわかる。 さっきからチラチラとこちらに送られる視線とヒソヒソ話。 慣れているのか、純也は彼女たちに一瞥もくれない。 (……私達はどんな風に見えてるのかな?) 年の離れた姉弟だろうか、それとも……? 料理が、テーブル一杯に並べられる。 新鮮な野菜を使ったサラダプレート。玄米ご飯に、珍しい真っ赤なポタージュスープ。程よく焼いた赤身肉は、肉汁が溢れて美味しそうだ。
/272ページ

最初のコメントを投稿しよう!

368人が本棚に入れています
本棚に追加