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「今はシャンプーのCMを制作中なんだけどな……」
純也が口にした会社名。由美子も知っている。
日本屈指の大企業、三丸グループ傘下の製薬会社だ。
「凄い!テレビで流れるのを楽しみにしてるねっ!」
「あー今ちょっと、な?」
途端に顔をしかめる純也。
「仕事、順調にいってないの?」
「初めての仕事だからって言い訳はしねぇよ……でも、何とかするから心配すんな!”世の中、利用できないものはない”って……俺の師匠の受け売りだけど」
「凄い人だね」
内容はともかく、野性動物のような純也をここまで懐かせているのが凄い。
「今度会わせてやるから。それに、ちょっと思いついたことがあるし……ほら、もっと食べろよ?」
少し笑い声をかぶせながら、促す純也。
食べ終えた本人は、片肘をテーブルにつけて、由美子の食事を見守っている。
(うぅ……食べにくいよぉ)
口元に注がれる視線に、他意がないのはわかっている。
それでもなお、止まりがちな手。
窓からの光が、柔らかく髪を撫でる。
満腹感からか、心からの笑みを自然に浮かべる純也。
細められた目にも、いつもの皮肉気な色は見られない。
「……やっぱ、好きだな」
「えっ!?」
ぽつり、と呟かれた一言に見開かれる由美子の瞳。
純也の言葉が、頭に染み込んでいくにつれて、頬が強烈に熱を帯びる。
まるで、真夏の太陽に晒されているように。
恥ずかしくて、純也の顔がまともに見れない。
「お前の髪、光が当たってキラキラしてる……」
向かい側から伸ばした手が、由美子の髪を一筋すくう。
指先で優しく弄ぶ。
「髪……?」
「手入れされた髪って、そそるよな~美容師魂がくすぐられるぜぇ!あの女とかも……何、怒ってるんだよ?」
窓際に座る女性客をあごで示しながら、眉をひそめる純也。
「べ・つ・に!」
心を動かす発言を無意識にする、年下男性に翻弄された自分が悲しい。
そもそも、互いに艶めく感情は持ち合わせていない。
ただ、女性を意識させられる言葉にときめいてしまっただけだ。
「純也君って実は小悪魔タイプ?」
「はぁっ?!」
その気がないのに、相手を自分の魅力で右往左往させる。
しかも、天然産だから非常に性質が悪い。
何もわかっていなさそうな純也に、ため息をつきながら、フォークを握りなおした。
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