第7章 夕涼みの誘い

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青や白を基調にしたウィンドウ。 春よりは、布面積が確実に少ない衣装を身に着けたマネキンがこちらに微笑みかける。 楽しそうな声が、近づく由美子の耳にも届く。 この季節、水着と浴衣のコーナーは、どこも若い女性が群がっている。 ラックに並ぶ、色とりどりの浴衣たち。 最近は、浴衣に帯や草履が一緒になって、安価に売られている。 「惜しげなく着るなら、既製品セットも悪くないぜ。今年の流行を押さえているし、何より安い!」 気分や相手によって、日常服のように浴衣の選択ができる値段だ。 いくつかの商品を手に取り、由美子と見比べ、面白そうな顔をする。 「ただ、値段だけあって、年齢によっては安っぽく見える柄や色合いが多い。全てが揃っているから余計にな。自分に似合うものが見つかればお買い得だけど、あんたの場合は……ここにはなさそうだな」 ピンクと黒を基調にした派手な浴衣を、わざとらしく見せびらかしながらラックに戻す。 ラメも入った豪華仕様だ。 (そんな可愛らしいの、似合いませんよーだ!) 言外に年齢オーバーと言われ、ムッとするが、実際に似合いそうなものが周囲に見当たらず、白旗を上げる。 「そんなに情けない顔すんなって!和装は年齢を重ねるほど艶が出て、色っぽいから」 大人の色気のアピールに、浴衣は手頃なアイテムだ。 何気なく背に手が回され、店の奥に誘われる。 勇樹とは感触の違う、異性の手に、思わず息を止める。 しばらく後、由美子の背にわずかな熱だけを残して、純也の手は離れていった。 店頭の華やかな色柄に比べると、店の奥には落ち着いた色の浴衣が、数々の小物類と共に並べられていた。 「服を買う時も同じだが、浴衣を買う時もある程度のポイントを押さえていれば、失敗もすくなくなるぜ。例えば……」 オレンジ地に赤い水玉柄の浴衣を試着している女性を、遠慮なく指さす。 彼女の浴衣の色は、言葉通りの暖色系だ。 これらの色は膨張色であり、実際よりも少し大きく見せる効果がある。 「ぽっちゃり体型でこの色を着るなら、縦のラインが出るような浴衣や、収縮色の紺や藍地を選ぶと良いんだが……」 引き締め効果があるからな、と矢絣(やがすり)柄やストライプの線が入った浴衣を手に取って見せる。 曲線よりも直線の美を。
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