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私はアボカドである。人間ではない。果物だ。意識はあるが動けないし、喋れない。当然のことだ。なぜ、私が意識を持ったかは問いかけるだけ無駄だ。私にだってわかっていないのだから、もしかしたら人間が気がついていないだけで、果物にも意識があるなんて哲学を考えたりもしない。
人間により収穫され、人間の胃袋に入り、消化される。または昇天する。ゴグゴク当たり前の人生ではなく、果物だけに、果生(かせい)とでもよぶべきか。まぁ、単純に人間に食われて終わるだけなのだからどちらでも構わないのだ。そこら辺に転がされて、腐っていった同胞のような末路だけは辿りたくない。あれは生き地獄だ。腐ってるから動物も食べないし、身体が少しずつ腐っていく苦痛は、想像のみだが相当なものだろう。ザクロのように実が飛び散る末路も嫌だが、こちらは鳥が噂話をしていたのを小耳に挟んだだけだったけれど、その身が前触れもなく飛散するというのは、どういう感覚なんだろうか。やっぱり痛いのだろうか? それとも痛覚の感覚はないどころか、快感にも似た気持ちになるのかもしれない。仮にそうだったとしても私はそんな末路はごめんだ。
私は果実である。食われることになんの恐怖もない、どころか、名誉なことだ。そう、食われて終わる。それだけのことだ。が、しかし、悲劇は唐突に起こる。
「…………にっにゃ?」
と、私の目の前で猫が息苦しそうに喉を鳴らした。ハーハーと呼吸は荒く、何かを求めるように地面を引っ掻く、目の焦点はあわず次第に、その動きも緩慢になっていく。何が起こった? なぜ、彼は苦しんでいるんだ? それも、私の身体の一部を食べた直後に。
彼の名は、ゲンゴロー、変な名前だが、そうなんだから仕方がない。ゲンゴローはいいやつだった。私をコロコロ転がして遊ぶお茶目な一面もあるが、いろんなことを知っている奴だ。風来坊。彼のご主人に拾われて、ここに住んでやっているらしい。プライドが高いそんな奴だったけれど、それと釣り合うくらいの度量が彼にはあったが、なぜか、ゲンゴローはぱったりと動かない。死んでしまったんじゃないのか? どうにかしなくてはと思うが、私は果実だ。それもゲンゴローのご主人により、切り刻まれてしまった。あとは食べられるだけだったのに、最初にゲンゴローに食べてほしかっただけなのに、なぜ!? なぜ、私のささやかな願いだったのに!!
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