第1章

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 妻には、霊感があるのだ。  真顔で、そういうと、他人は、僕が妻のことを悪くいってるのか、良くいってるのかは、 よくわからないが、自分にとって特別の存在だということを、ジョークに包んでいってい るのだと、勝手に判断しているようで、微笑みながら頷くのだが、真理子は、正真正銘の 霊能力者で、子供の頃から何度も幽霊を目撃しているのだ。  ホラー作家が、こんなことをいうとまずいかもしれないが、霊感が強いということが、 どんな風なのか、正直いって僕には見当すらつかない。旅行に出かけて、ホテルの部屋に 入るなり、時々、この部屋には自殺した人の霊がいるから、部屋を替えて欲しいなどとい うことがあるから、かなり、嫌なことのように思えるのだが、幽霊を見ること、それ自体 は別に彼女にとって嫌なことでもなく、恐くもないようで、「幽霊でも、良い幽霊ならかえ って楽しいくらいなんだけど、悪い幽霊の時は、嫌だし恐いのよ。人間でも、悪い奴と一 緒にいるのは嫌でしょ」ということらしい。  彼女とは、学生時代に、ホラー小説愛好家のサークルで知り合った。同じ大学の同級生 だった。僕たちは、大学を卒業して、僕が勤め始めてすぐに結婚した。卒業前に、結婚を 決めていたので、彼女は就職しなかった。  彼女が僕を選んだ理由がまたふるっていて、「霊波が合うから」だということだった。彼 女がそういった時、おそらく僕は困惑したような表情をしていたのだろう。こんな風に、 彼女が説明したのを覚えている。「霊波っていう言葉自体が、あまり一般性がないので、奇 異に聞こえるかもしれないけど、仲の良い人同志って大抵霊波が合ってるものなの。気持 ちが一緒になれたりするのは、霊波が合ってる証拠なのよ」と。そういわれてみれば、僕 にも彼女の考えていることが、彼女が口に出してそうとはいわなくても、わかることがよ くある。それは、彼女以外の人以上に、彼女に関してそうだともいえる。そんなことを、 彼女流に表現したのが、先の説明であると僕は理解した。  サークルでは、彼女も自作のホラー小説を書いていたのだが、結婚を機に、それを全く やめてしまった。もともと私には筆力もないし、長編小説を書く体力もないからといって。 あわせて、彼女は、僕にこういった。あなたには、その両方があるから、是非あなたは小 説を書き続けて欲しいと。
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