第1章

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幼いころの記憶・・・ 断片的だけど。 私は兄弟姉妹いないから一人が慣れてたし心地よかった。 勿論幼馴染とかとっも遊ぶ。 家はまだ裕福な方だったので 誕生日には必ず誕生日会してた特注ケーキで・・・そんなのしてるの私だけだった。 ほしいもの 当時ならみんな憧れてたリカちゃんハウス移動式も持ってた。 欲しいものは持ってた。 でもね心の何処かでは埋められない穴を物で埋めることをこの頃から覚えるようになったのかもしれない。それが38歳の今の私にもまだ残ってる買い物依存として・・・。 救いはおじいちゃんだけだった。 優しいおじいちゃん。 アル中だけど優しかった。 時に雀飼いたいといえばお米まいてレンガでひたすら網持って待つ。 雀は勿論その内にがしたけど。 風邪引いてる時もおじいいちゃんサワガニとりにいこうか?って優しかった。 大好きだった。 たまにトラックの下で寝てたりする酔ってて。 ここは田舎だからパトカーないし消防の人が来て 祖母は迎えに行かない叔父も だから幼い私がパトカー乗って迎えによく行った。 おばあちゃん・・・なにかと母とウマが合わない。 だからか???ほうきの柄で叩かれたりする お友達と遊んでてもい大きな声でごはんやからはよかえってこんかい!! みたいな怒鳴って恥ずかしかった・・・ セットが面倒な理由で私の頭はショートでパーマ・・・ 雷様みたいなね・・・それがすごく嫌で嫌で ずっと髪の毛長いストレートヘアに憧れてた。 叔父は事あるごとに触りに来る。 TV見るときも私を足組んだ上にのせて抱きかかえるというか身体動けないように囲む。 すごく嫌だった・・・気持ち悪い・・・何時も思ってた。 小学校1年からはエレクトーンと家庭教師がいた。 エレクトーンも家に教えに来てくれるし足はまだ届かないから子供用専用ペダルで。 家庭教師は親戚のおねえちゃん。 いうがまま 習ってた 本当は違うことしたのに・・・ こういうの決めてたのは多分母親だったんだろうな・・・
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