第1章

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てもそれまでより饒舌になったにすぎない。昔は少しの酒で酔って酔っぱらうとすぐ 大騒ぎできたのに。お互いに「酒が強くなったな」といい合ったあと昔話しに花が咲 いた。ロックバンドをやってた頃の話しだ。関係のないやつが聞いたらくだらないと も評せないような些細なエピソードのバックに懐かしいロックン・ロールが流れる。  アルコールの後押しもあって、それでも段々盛り上がってきて歌が、ロックン・ロ ールが唄いたくなってきて、スナックにいくことにした。ロックのスタンダード・ナ ンバーがたくさんカラオケに入っている店を知っていた。  店にはひと組みだけ客がいて泣き節の演歌を唄っていた。同僚の名前で入っている ボトルを出してもらい水割りが目の前に置かれるや否やカラオケ本を所望した。 「今日はえらい早いやん歌いくのん。いつもはなかなか唄わへんのに」  店のママはそういいながら本を二冊差し出した。 「今夜は特別。なんかミュージシャンの気分やねん」 「なに、それ」 「昔、こいつとバンドやっててん。こいつがやめへんかったら今頃カラオケに曲が入 るバンドになってたかもしれへんで」  そんな話しの流れでタケをママに紹介したのだが、タケがバンドをやめた理由をマ マは尋ねなかった。その前にストーンズの『IT’S ONLY ROCK’N’R OLL』のカラオケが入ってタケが唄い始めてしまったからだ。その曲が終わる頃に はママはもうひと組みの客の方にいってしまっていて、そのままその客と『二人の銀 座』をデュエットして戻ってきた時にはもうそんな話しは忘れてしまっていたのだ。  普通、客がふた組みぐらいだと親密さを考慮して入れる曲に気をつかったりするの だが、その夜はお互いに譲らず頑なに演歌とロックを唄い続けた。終電の時間に間に 合うように演歌組が帰ってしまってからはロックのオンパレードとなり、それでよけ いにいい気分になってなかなかやめる気にならなかった。 『IT’S ONLY ROCK’N’ROLL』のサビの部分「たかがロックン・ ロールじゃないか、でも好きなんだ」って歌詞をがなりながら店を出たのは午前二時 頃だった。タケが車で送るというので酔っているにもかかわらずというか酔っていた からどうでもいいやと思ってか甘えることにした。  真夜中の高速道路はすいていた。
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