第1章

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 タケはかなり飲んで酔っぱらい、ご機嫌だったのに、ハンドルを握るとシャキッと した。車はタイヤが路面に吸いついてでもいるかのようにスムーズに走った。  タケはカーステレオでガンガン、ストーンズを鳴らした。 「久しぶりに曲作ってん」 「曲?」 「テープ持ってるからかけてもええか」 「聴きたい、聴きたい。かけて」  ロックバンドにいた頃が懐かしい  TRY AGAIN  PLAY WITH YOU  ROCK’N’ROLL 「ええやん、これ」 「ほんま?」 「ごっついええ。なぁケン、もっかいやれへん?」 「なにを?」 「バンド」 「え?」 「この曲やろうや」 「マジでゆうてんのか」 「マジ、マジ。大マジ」  タケは何度もテープを巻き戻して曲を繰り返し聴きながらそういった。 「集まれるか? みんな」 「連絡とってみるわ」  別れ際に思い出したようにタケに尋ねた。 「それはそうと奥さんと子供、元気か」 「あ、うん、どうやろ」 「どうやろって、どういう意味?」 「別れたんや」  その夜はなかなか寝つけなかった。  タケが離婚したという話しを聞いて、いっぺんに酔いが覚めてしまったせいだ。い ったいぜんたいなんだっていうんだ。そんな気分が押し寄せては、みんな色々あるも んだ、てな気分が押し寄せた分だけ押し返す。何度も何度も繰り返し。  眠るために安物のバーボンをストレートで喉に押し込みながらストーンズの『IF  YOU REALLY WANT TO BE MY FRIENDS』を聴いた。 何度も何度もその曲を繰り返し聴いたあと『FOOL TO CRY』を何度も何度 も繰り返し聴いて何度も何度もバーボンのグラスをあけてやっとのことで眠りに落ち た。 〈●月▲日〉  朝、目が覚めたら頭がガンガン痛いので、ガンガン、ストーンズを聴くことで凌ご うとした。頭痛と吐き気をともなったむかつきのダブルパンチがロックバンドのこと を含んだ昨夜の全てのことを忘れさせてしまった。  会社のデスクに着いた途端、電話が鳴り、クライアントに呼びつけられた。  昨夜、CMモデルの女についた嘘が本当になった。急なプレゼンが入った。しかも これまでにない大きな仕事だ。その会社はこのところリストラによる人員削減も含め ての体質改善に取り組んでおり、なかでも販売網の徹底的な見直し計画を進めていて、
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