第1章

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その仕上げともいえる大きなキャンペーンの実施を急に決めたのだった。計画推進の リーダー役に任命された担当役員の面子をかけたキャンペーンらしい。もちろんコン ペだ。この扱いはどうしても取りたい。さしあたってのライバルは各マスコミ媒体へ の政治力の強さで有名な最大手の広告会社でそのクライアントのメイン代理店でもあ る。そこに勝つためには、よほどしっかりとした内容のある企画をぶつけなければな らない。  会社に戻るなり制作スタッフを集めて深夜までミーティングをして、近くのビジネ スホテルに泊まった。 〈●月▲日?●月▲日〉  連日、深夜まで、外部の制作会社やSP会社などの下請け業者との打ち合せ、マス コミ媒体との折衝、社内での役員などへの根回しに奔走した。もちろんクライアント の担当も飲みに連れ出し接待と情報収集にも努めた。そんなこんなで土日の休みも返 上して一週間ほど家にも帰らなかった。  タケのこともロックバンドのことも、すっかり忘れてしまっていた。ストーンズを 聴くこともなかった。タケからは会社に二度ほど電話が入ったが居留守をつかった。 それどころではなかった。  要するにそんなものなのだ。自身に余裕のある時しか他人の相手なんてできないの だ。音楽が好き、ロックン・ロールが好きなんていっても余裕がなけりゃ聴きもしな い。それくらいのものでしかない。  飢えてる人間がロックなんて聴くか?   飢えてる人間が『個性』なんていうか?  自分が他人と違う『感性』や『センス』の持ち主だと考えたりするか?  『感性』や『センス』なんて言葉にリアリティを感じられるか?  CMモデルの女とは、なんとか時間を作って一度会い二回セックスした。食事も普 段より栄養のつきそうなものを意識して食べた。さすがに睡眠は不足していたので企 画の目処がある程度ついたのを確認して休みを取ることにした。 〈●月▲日〉  遠くで鳴っているように感じていた電話の音を現実のものとして認知するまでにど れくらいの時間がたったのだろう。部屋の窓から差し込んでいる光はすでに黄色い。  電話はタケからだった。 「おった、おった、やっとつかまった」 「おったて、なんで」 「なんべんも電話してたんやけど、でーへんから、でかけてるんかなと思てたんや」 「すまん、すまん。寝とってん。ずっと忙しかって疲れたまってて」 「そうみたいやったなあ」
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