第1章

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これも十年ぶりに楽器屋に立ち寄って買ってきた新しい弦を張った。珍しく帰りの電 車でウォークマンも聴かなかった。頭の中にある歌詞とメロディーが渦巻いていたか らだ。  十年ぶりに曲を作った。こんな歌詞がメロディーをともなってスラスラと浮かんだ。  ロックバンドにいた頃が懐かしい  TRY AGAIN  PLAY WITH YOU  ROCK’N’ROLL  目を閉じれば思い出すよ  小太りのベースマン  短い指で紡ぎだすのは  ファンキーなツイスト・アンド・シャウト  金髪に染めた髪振り乱し  窮屈そうなスリムのブラック・ジーンズ  若気の至り  要するにバカ  プロを目指してたそうな  あの頃のタケをユーモラスにデフォルメしたつもりだ。ミドル・テンポのあまり起 伏のないメロディーをつけた。ギターを弾きながら何度か唄っているうちにイントロ のメロディーや間奏のフレーズも浮かんできて、やめられなくなってくる。ワンコー ラスでは曲として不十分だ。ツーコーラス目も自然に湧き出てきた。バンドのメンバ ーを一人一人思い出した。  目を閉じれば思い出すよ  ノッポのドラマー  ギタリストはノリノリだけど  ミスタッチのオーソリティ  悲しいことにバンドと合わない  ヴォーカリストの叫ぶビッグ・ヴォイス  若気の至り  要するにバカ  しらふでよくやるよ  目を閉じたら本当に思い出してきた。  取り立てて他人に語るほどのことがあったわけではない。ごく平凡な、その年齢の 頃にはありがちな思い出でしかない。  十年前、まだ学生だった頃のロックバンドのメンバーたち。ベースのタケ、ドラム のシゲ、ギターのテツ、ヴォーカルのヤス。二流のライヴハウスに出演していた頃の こと。今となっては本当に若気の至りで要するにバカでしかないのだが、ほかにうま いバンドは数えきれないほどいたし個性的なバンドだって無数にいるのを知っていた のに、そんなバンドでもレコード・デヴューのチャンスをつかむのは稀だったし運よ くチャンスをつかんでもヒットに恵まれるなんてことはもっともっと稀だったのに、 そんなことはよくわかっていたはずなのに、プロを目指していたのだから。メンバー の中でも特にタケとシゲが熱くそれを語っていた。もともとその二人に誘われてほか のメンバーが集まったのでもあったし。
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