第1章

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 ロックバンドもまた確たる存在意義のあるコミュニティではない。求心力や持続力 が弱く些細なことが原因で崩壊する。存在基盤の脆いコミュニティなのだ。雰囲気や 構成員の感情に支配されやすいのでメンバーの一人が抜けるだけで崩壊することもよ くある。  バンドはタケが仕方なくやめることになったために解散した。  別のベースを入れてバンドを存続させようとしたのは抜けるタケ自身だけだった。  そんなことを思い出しているうちに曲のブリッジの部分が浮かんできた。  久しぶりに  いっちょうやってみるか  指が痛い  腕はだるい  息が切れた(TRY AGAIN)  汗が飛んだ(TRY AGAIN)  息が切れた(TRY AGAIN)  汗が飛んだ  TRY AGAIN  完成した曲を弾き語りでカセット・テープに録音している最中に電話が鳴った。電 話の呼び出し音が録音されてしまっただろう。舌打ちしてギターを置いて電話に出た。 ケーコだった。 「あら、今夜は珍しく早いやん、飲んだくれのケンにしては。どうしたの、なにして んのん? 見たいテレヴィでもあったん?」 「うるさいなあ。悪いけど、今、忙しいねん。またにしてくれ」 「なにそれ。せっかく電話したのに。ちょっと失礼やない」 「ほな、切るで」 「ちょっとマジ? いったいなにしてんのよ。あ、わかった、女がきてるんや。それ しかない。また浮気してるんや」 「ち、ちゃうて、ちゃうて。なに勝手に決めてんねん。女なんかきてへんよ」 「じゃあなにしてんのよ。飲むのと女くどく以外にケンのすることなんてないやない」 「ようそんな言い方できるなあ」 「だってそんな男やん、あたしの知ってるケンは。ただの飲んだくれの浮気もんやな い」「そやから、ちゃうんやて」 「じゃあ、なにしてんのよ」 「………」 「ほら、やっぱりいわれへんやないの。その女、電話に出して! あたしの口からあ んたなんかくれてやるてゆううてやるから」 「わかった、わかった。もうしゃーないな。ゆうから落ち着いてくれ」 「ほんまに往生際が悪いんやから。もうサイテー」 「だから、ちゃうて。曲作ってたんや」 「きょく? なにそれ」 「歌、作ってたんや」 「うた? それって作曲してたってこと」 「そうや」 「あたしのことなめてんのん」 「ど、どうゆう意味?」 「そんな嘘、通じるとでも思てんのん」 「嘘やないて」
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