第1章

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違った時には「あの野郎なめやがって」と、彼女に聞こえるように、一人ごち、部屋に入 るや、思い切り力をこめてドアを閉じた。そして、ベッドに潜り込んで、布団に頭からく るまって、ほくそ笑んだ。うまくいった、と思った。  翌日、いつものように正午頃に起きると、妻は一週間分の下着などの着替えをバッグに 詰めてくれていた。僕は、不機嫌そうに見えるように努めながら、コーヒーをいつものよ うに二杯飲んで「この次に、こんなことがあったら、もう二度とK出版の仕事は受けない から」と捨て台詞を残して家を出た。  それから一週間、僕、は幻想的といってもいい遊びに耽った。こんな快楽は、もう二度 と経験できないだろうと思った。  催眠術をかけられた女は、僕のいうことを何でも聞いた。猟奇的なと形容できるセック スを、嫌になるまで繰り返した。女を殴り、蹴り、縛り上げ、蝋燭や鞭で責め、苦痛の表 情を楽しみ、思いつく限りのあらゆるものを、女の局部に挿入した。僕が疲れると、石津 が僕と代わった。石津が女をいたぶっている様を、僕はノートに描写した。石津は、僕に より一層の刺激を与えようと、必要以上に女に残酷に振る舞った。  この実体験の描写を最大限に取り入れたのが、僕の第六作の、最も売れた作品『監禁』 だ。この作品は、映画化されたのだが、どう作っても成人指定を外せないことが、逆に話 題になり、ホラー作家、牧野慧の渾身の一作となった。  うっかりしていると、書けない原因が、自身の才能が渇れたせいに思われてくる。無理 にでも、ほかの原因を見つけたくなってしまう。それを、僕は毎日の生活のどこかに書け ていた時と比べて、違うところがあるせいだと思い込もうとした。その結果、些細な生活 習慣の変化が、仕事を滞らせていると、信じて疑わなくなってしまった。変化したところ を見つけるために、僕は毎日の生活を、それこそ秒刻みにチェックし始めた。一番の変化 が、そんなチェックをしていることだとは気づかずに。  目覚めは、正午前後。この前後というのが気に入らない。十一時五十七分くらいには、 目覚めていたはずだと思えて仕方がない。なぜかというと、目覚めの一服を吸い終わる頃、 近くの小学校の正午のサイレンを、聞いていたはずだという気がするからだ。目覚まし時 計で起きるのではないのに、分単位まで、同じ時刻に目が覚める方が珍しい。だから、本
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