第1章

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当は、目が覚めてから正午のサイレンを聞いたこともあるし、正午のサイレンで目覚めた こともあるし、目覚めた時には、正午のサイレンはすでに鳴り終わっていたこともあるは ずなのだ。ところが、僕は、そんな風に考えられなくなってしまっていたのだ。  僕の神経は、病的といっていいほど些細なことにまで注意を傾けた。たとえば、目覚め のあと、必ず二杯は飲むコーヒーの濃さや、トーストの焼き具合、トーストに塗るバター の量、茹卵の茹で具合、茹卵にかける塩の量などまでが、気にかかってしょうがなかった。 気になるだけならいいのだが、少しでも書けていた頃と違うと感じると、コーヒーカップ やら、バターナイフやら、目の前にあるものを、あたりかまわず投げつけずにはいられな い有様だった。  朝昼兼用の食事のあとの、午後の時間は、主に参考資料に目を通したりする読書の時間 にあてているのだが、それが全く捗らない。活字を見るのも嫌なのに、自身でそのことに 気づいているくせに、それを認めたくないので、頑なに本を広げて拷問に耐えるように仕 事机にへばりついている。額に脂汗を滲ませながら。三時きっかりの、ティータイムまで が、一日の苦しみの、最初のタームだ。コーヒーを運んできた妻が、仕事部屋のドアをノ ックする音が聞こえるや否や、すぐに本を閉じ、少しでも自分のそばから離れて欲しいも ののように、本を仕事机の奥の方に投げ出し、自分の身体は、その逆の方向へ椅子ごと引 いて、荒い息に胸を上下させる。  真理子は、一言も話さずに、素早くコーヒーを仕事机に置いて逃げるように、仕事部屋 を出る。   僕がこんな風になった当初、彼女は僕の状態を、まだ甘く見ていて、慰めのような言葉 を、かけたために、ひどい目に合った。その言葉をきっかけに、僕は難癖をつけ出して、 大暴れしたのだった。この状態が、疲労のせいだと考えていた彼女は、コーヒーに睡眠薬 を混ぜて、僕を眠らせてしまったこともあった。その時も、夜遅くに目覚めた僕は、生活 のリズムを、故意に狂わせた妻にむかって、荒れ狂った。  夕食時には、本格的に飲むせいで、少し落ち着く場合もある。反面、酔いのせいで、最 も悪い状態に陥るのもこの時だ。その時、自分がどうなっているのかは知らない。意識を なくしてしまっているから。我に帰った時の、家内の様子と真理子の姿を見ると、その暴
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