第1章

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れようのひどさが、簡単に想像できる。家の中は、傷つかぬものがないほど荒れ、真理子 の顔は、重病人のように青ざめている。紫色の痣と、どす黒い血の色が、彼女の顔色をさ らに悪く見せている。  夜は、執筆の時間だ。  僕は、午後の読書タイム以上の苦しみを味わう。時計は、すぐに粉々に破壊した。パソ コンも、何台も壊した。部屋中に、破かれた紙と、灰皿からこぼれ落ちた煙草の吸い殻と、 ウォッカの壜が、散らばっている。何故か蛍光灯が疎ましく感じられて、ウォッカの入っ たグラスをぶつけては、電気がウォッカを浴びて、ショートし、火花を散らすのに怯えた。 仕事机に、自分の頭を叩きつけすぎて、額は腫れあがり、シャツには、血の染みがついて いるが、痛みを感じる余裕もない。  明け方が、待遠しかった。  新聞配達の単車のエンジン音と、クラッチを切り替える音が、一日のうちで、僕を一番 安らかな気持にさせた。本と同様に、全く読めないのだが、いそいそと玄関まで行き、ポ ストから、新聞を取り出して、大きく息をつく。朝刊が来ると、執筆を終えるのが、僕の 習慣なのだ。読めはしないのだが、最初に来た新聞を、やみくもにめくっているうちに、 次の新聞が来る。五紙取っている新聞の、最後の配達がくるまでの間は、落ち着いていら れる。最後の新聞さえめくり終わったら、睡眠の時間を迎える習慣だからだ。  二ヵ月ほど、そんな生活を続けた後のことだったと思う。  目覚めたら、十二時四分だった。正午のサイレンを、僕は聞き逃した。それだけで、僕 の心臓の鼓動は高くなる。忌々しさが、鼓動の高まりに合わせて、募っていく。何とか我 慢して、煙草に火を点けるが、二、三服して、すぐに消してしまう。習慣を守ろうとする 者は、一つでもそれができないと不快なものだ。ましてや目覚めた時点で、その日の最初 から、その日の習慣が、すでにして守られなかった時、その不快さは、最も高い。しかも、 その時の僕は、習慣を守ることだけに努める生活をしていたのだから。目覚めた時点で、 今日の生活は、全部おじゃんだと感じながらも、それでも、その後も習慣を守らねばなら ないという使命感が、僕をダイニングキッチンへとむかわせる。  キッチンで、僕の食事を用意していた真理子は、入ってきた僕をチラッと見ただけで、 すぐに目を逸らした。真理子は、もう彼女の方からは、僕に話しかけてはこない。僕から
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