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話しかけて、やっと少し、返事をするくらいだ。この二ヵ月の間に、自分から話しかけた
せいで、何度も僕を暴れさせたからだ。
ダイニングテーブルの上には、いつものように、トーストされた食パンが二枚、皿に乗
せられている。その日のトーストは、いつもより焼きすぎているように、僕には見える。
椅子にかけることもせずに、僕はテーブルの上のトーストを、見つめている。妻は、そん
な僕の様子に怯えながらも、いれたてのコーヒーを、トーストの皿の横に置いたが、恐い
もののそばから離れるように、テーブルからさっと身を引いた。
「ど、どうしたの。何か気に入らない?」
と彼女は、小さな声でいいながら、少しずつ後退りしていく。僕は、彼女の顔を睨みつ
けながら、こう答える。
「トーストの、焼き具合がいつもと違う。焼きすぎだ」
「そ、そんなことないわ。いつもと同じ時間しか焼いてないわ。タイマーなんだから間違
いないわ」
真理子の顔には、僕の乱暴で、できた痣が何ヵ所もあり、この二ヵ月の心労によって、
肌も荒れ、頬も痩けている。そんな妻の姿、そのものが、疎ましく、また、そんな妻が怯
えれば怯えるほど、益々、僕は苛立ってくる。息を荒げながら、僕は少しずつ妻に近づい
ていく。いつのまにか、右手にはフルーツナイフが、強く握られている。腕の筋肉は、痙
攣を起こしそうなくらい、硬く張っている。
「お願い。あなた、やめて」
弱々しく、そういいながら、妻は後退りを続け、ついには、キッチンの壁に、つきあた
ってしまい、そこで、嫌々をするかのように、うずくまってしまう。震えながら、許しを
請うている妻を見て、僕の苛立ちは、最高潮に達した。憎らしさだけが先に立ち、もう前
後の見境もつかない状態になっていた。妻の顔をめがけて、降り下ろすために、僕はフル
ーツナイフを握った右手を振り上げた。振り上げるのに合わせて、大きく息を吸い、吸い
込むことによって、苛立ちの全てを、右手に集中させた。大きく振りかぶって、息を止め
た、僕の身体は弓なりになっている。 歯も軋むほど、強く噛みしめられている。息を吐
くのに合わせて、フルーツナイフが降り下ろされる。妻が叫び声を上げる。
その瞬間、僕は誰かに右手を強く掴まれた。
僕は、振り返った。
石津がいた。
真理子は、その隙に僕の前から逃げ出して、石津の背後に身を隠した。
「落ち着け」
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