第1章

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いたのだろうと思う。ここに来て以来、毎日かかってくる、石津からの電話を待ちわび、 僕の様子が、あまりにひどい時には、自分から電話をかけて、長い間、僕には聞こえない ように配慮してか、小声で石津と話し込んでいた。時には、石津から直接、元気づけさせ るために、受話器を僕に手渡した。石津はいつも「お前の作品は、待たれているんだから。 一年でも二年でもかまわないから、休暇だと思ってのんびりしろ」と、僕にいった。僕と 石津が話している間、真理子は、いつも何かにすがるような表情で、僕を見つめていた。  そんな真理子と石津の励ましのおかげもあって、僕は、徐々に仕事のことも忘れて、夜 型の生活から、脱却していった。今では、この溢れるような日中の日差しを、存分に浴び ることで、エネルギーが蓄積されるように思え、緑の木々からも、谷川のせせらぎからも、 鳥の鳴き声からも、恵みを感じられるようにまでなった。真理子は、そんな僕の様子を見 て、心底ほっとしたようだった。  ある朝、真理子を散歩に誘った。  ここに来て二週間、夜中に飛び出す以外は、別荘にずっと閉じこもっていた。真理子も その間、僕から目を離せないので、本当は食材の買い出しが必要だったのだが、石津に頼 んで、届けさせていた。そんな訳で、僕たちは、この別荘の周辺のことを、全くといって いいほど知らなかった。  別荘の周囲に広がる森の中、木々の間を、のんびりと十分ほど歩くと、大きな池に出く わした。森に囲まれているせいで、池は水面を風に直接さらされることがなく、シンとし ている。鳥のチチ、チチと鳴く声と、池に水を送り込む小川のせせらぎの音のほかには、 何も聞こえない。池の縁に沿って歩き続けると、池に辿り着いたのと同じような小道があ ったので、その道を森の中に歩み入る。あまりの静けさのため、お互いの呼吸する音が、 よく聞こえる。真理子の息が荒いのは、歩き疲れたせいだとばかり思っていた。  突然、ガサガサッと音がして、大きな黒い鳥が飛び立った。黒い、真っ黒なカラスだっ た。  真理子は、僕の腕にすがり着いて、震えていた。 「どうしたんだ。気分でも悪いのかい」  妻の顔色が、真っ青なのに気づいた僕は、そう聞いた。 「早く戻りましょう。ここは呪縛霊が漂っている場所みたい。気味の悪い霊波が、あたし とコンタクトしようとしてくるの。吠えるような呻き声で」
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