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でも、今の地位につけたのも、お前のおかげみたいなもんだから、お前の担当だけは、間
違って重役になっても、やめるつもりはねぇよ。死ぬまで追っかけてやるから、覚悟しと
け」
「あんまりぞっとしないな。とびきりの美人でも担当につけてくれたら、もっといい作品
が書けるかもよ。お前がついてたら、作品の質は下がりっぱなしかもしれねぇぞ」
「そいつは困ったな。その件については、社に持ち帰って、じっくり検討させてもらおう」
そういって、石津はグラスのビールを飲みながら、
「冗談はともかく、取り敢えず何か飲めよ。電話してやるよ。何にする? ウオッカでい
いか」と僕に尋ねた。
「そうだな。コーヒーでも頼んでくれ」
僕がそう応えると、石津はゴクンと音をさせてビールを飲み込み、グラスをテーブルに
置いた。
「おい、どうしたんだ。本当に疲れてるのか?」
「そんなに驚くか?俺がコーヒー頼むと」
「何いってんだ。お前は一日中でも、ウォッカをストレートで飲んでる男じゃねぇか」
「酒飲むと書けない気がして、飲むのが恐いんだ」
「マジでいってんのか」
石津の声の調子が、急に強く重くなったことで、僕は自分が何か心の奥底に溜まってい
たことを、吐露しているのだと、半ば自覚した。しかし、話は、まだ軽口の続きなんだと
思おうと努めた。
「え、俺、何かヘンなこといったかな?」
「いったよ。酒飲むと書けなくなるんじゃないかって」
「そんなこといったかな?」
と尚も自らを偽ろうとする僕を、たしなめるかの如くね石津は穏やかだが、ハッキリと
した口調でこういった。
「確かに、いった」
その言葉が、僕から重しのようなものを、取り除いてくれた。僕は息急き切って、石津
にこう訴えていた。
「意識せずにいったんだけど、本心なんだ。なんだか不安でしょうがないんだ。この先、
俺はもう小説が書けないんじゃないかって」
僕の言葉は、最後の方は、興奮のために、上擦っていたと思う。そして、そんな自分が
幼くね恥ずかしく、感じられて、俯いてしまった。石津は、僕の顔を覗き込むようにして、
こんな慰めをいってくれた。
「そんなことないさ。お前は天才なんだから。お前は、日本一のホラー作家なんだぜ。ち
ょっと疲れてるだけだよ。今、コーヒー頼んでやるから、まぁ落ち着け。今日は打ち合せ
はやめよう。原稿は急がないんだから。締切なんか、俺がいつまでも延ばしてるからさ。
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