第1章

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 正直なところ、彼女が学生時代に書いていた小説は、完成度が低く、論理的整合性を欠 いたものがほとんどだった。しかし、迫力という点だけで評価すれば、群を抜いていた。 これ以上ないほどの邪悪な幽霊が登場する、心底ぞっとさせられる作品ばかりだった。そ のハイライトシーンの描写の濃密さは、作品の完成度を忘れさせることもあるくらいだっ た。彼女の言によると、霊感によって実際に感じた邪悪な霊の、あまりの霊力の強さを自 身の内にため込んでおけなくて、吐き出しただけにすぎないということらしいが、そのリ アルさは、誰にでも真似のできることではない。だから。僕は執拗に。彼女に書き続ける ことを勧めた。筆力や構成力は、書いているうちについてくるはずだからといって。しか し、彼女の決意は堅く。「あたしは、自分が作品を書くよりも、あなたが素晴らしい作品を 書くための、手助けがしたいの」といっ、取り合わなかった。  そして、現に公募で新人賞を取った作品でも、それをきっかけにプロになってからも、 僕は、妻の示唆を受け続けている。彼女のアドヴァイスに従って、作品に登場させる幽霊 を、より邪悪にできたために、僕の作品は認められ、売れたのだといっても、謙遜とはい えない。作品の大元のアイデアだって、彼女の霊感に負わないものは、一つもないといっ てもいいかもしれない。当の僕自身が、これほどに作家として、彼女の協力を意識してい るのだから、気づかぬうちに受けている影響は、計り知れないものだろう。そうでなくて も、元々霊波が合って、何も語らずとも、お互いの考えていることがわかり合えるほどな のだから。そして、おそらく、霊感の強い彼女の方が、そういう能力とは縁のない僕より も、僕の考えを、より理解し、僕の心に侵入し得たはずだから。  作家として、自身で、彼女の霊感の恩恵を強く認めるにもかかわらず、僕は彼女の霊感 が、ある時期、疎ましくてたまらなかったことがあった。自分の心の内が、全て彼女に見 透かされているように感じられて、疎ましいというよりも、恐れていたという方が近いか もしれない。僕が、売れっ子作家になりつつある時期から、押しも押されもせぬ、、売れっ 子作家になり、テレヴィや雑誌にも、度々登場するようになった頃のことだ。僕の本は、 その頃、まだ僕を見出だしたK出版が独占的に出版していて、僕のマネージメントも石津
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