第1章

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 その石津の提案に、僕は正直いって、少しびびったのだが、興味津々だったことは、む 否定できない。 「そんなことして、大丈夫なのか?」  僕は、恐る恐る石津に、そう尋ねた。 「何が?」 「何がって、スキャンダルに、巻き込まれたりしないのか」 「俺が、そんなヘマをやらかすわけないだろ。お前みたいに、無防備にバカな有名人好き の女と遊ぶ方が、よっぽど危ねぇんだよ」 「ほんとに、大丈夫なのか」 「俺を信じろ」 「でも、催眠術なんて誰がかけるんだ?」 「俺がかけるさ」 「お前、催眠術なんてできるのか?」 「あのなぁ、俺の仕事は、何だかわかってんのか。お前の原稿を持って帰ることなんだぜ。 どうも、お前は、そこらへんの現実認識が、足らねぇから困るんだ。こないだ、催眠術関 係の、資料を渡したろ。当然、俺は、全部自分で目を通したし、実際に、どんなものか、 かけてももらったし、かけ方も教わってるんだよ。お前が、書いててわからない部分が出 てきたら、できる限り答えられるように、準備してんだよ。お前の原稿を持って帰るため だったら、俺は何でもするし、社からも、それなりの金を使ってもいいといわれてるんだ よ。お前の作品を出版すると、うちの社がどれくらい儲かるか、お前の収入を見てもわか るだろ」 「K出版が、全面的に後援する遊びってわけだな」 「そう思ってくれていい」  石津の力強い断言を聞いて、僕は安心し、益々、その気になった。  スキャンダルの心配はなくなったが、今一つ、不安なことがあった。この刺激的な遊び のことを、真理子に感づかれるんじゃないかという恐れだ。それまでの女遊びも、打ち合 せだと、真理子にはいっていたが、嘘だとばれているような気がして、不安でならなかっ た。真理子が、少しもそんな素振りを見せないのが、僕を、いつも不安にさせる。彼女の 霊感を前にして、僕の嘘など通じるはずがないと。そのうえ、今度の監禁遊びでは、一週 間ほど、家を空けることになる。これまでのように、一晩二晩ではない。打ち合せという だけでは不自然だ。何か特別の打ち合せということにしなければならない。いつもより、 込み入った嘘を、いつもより上手に、つかなければならない。しかも、その日のことを、 想像して、いつもより興奮している状態で。  僕には、それをうまくやり通す自信など、持てそうになかった。彼女の霊感に対する畏
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