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踏み切り前のひとだかりをすり抜けると、そこ
に妹がいた。
線路の真ん中に座り込んで足を開き、スカート
をまくしあげて泣いている。
むきだしになった白い下着が小便をたらしたよ
うにぐっしょりと濡れていた。
「おにいちゃ~ん…おにいちゃ~ん…」
鼻水をたらした妹が、鼻にかかった甘えたよう
な独特の声で、
ぼくを呼び続ける。
「抱っこして~…抱っこしてよ~…わたしも抱
っこ~…
いかないでよ~…おにいちゃ~ん…」と、泣き
続けていた。
ぼくは婦人警官らしい女性が妹をあやして誘導
しようとしている脇をすり抜け、妹を抱きしめ
た。
「ご、ごめん…!ごめんな!俺はどこにもいか
ない!
おまえの傍にいる!だから安心しろ!わかるか
!わかるか!?」
いいながら、妹の肩をぎゅっと抱きしめた。
「…おにいちゃん? …どこにもいかない?」
「ああ!ずっとおまえの傍にいる!」
「ずーっとって、いっぱいの、ずーっと?」
「ああ、いっぱいいっぱいの、ずーっとだ!」
ぼくの声が心に届いたのか、ようやく妹はにっ
こり笑った。
ぼくは警察に事情を話して謝り、いったん妹を
ひきとって家に帰った。
管理人のおばさんに妹を預けたあと、彼女に電
話し、
もう会えないかもしれないと伝えて、警察に向
かった。
彼女に妹の話をすると、そう、じゃあこれで終
わりねと、
拍子抜けするほどあっさりと電話を切られた。
その後、会社で顔を合わせたりもするが、彼女
は大人で、
まるでぼくらの間には何事もなかったように振
舞っていた。
熱に浮かされたような彼女との日々は、急激に
色あせ、
魔災のように現実感の乏しい単なる記憶の残骸
になった。
もうどうでもいい…
どっちにしたって、ぼくはもう、どこにもいけ
ない。
最初から決まっていたことだ…
彼女のために用意した指輪を、ぼくは妹にあげ
た。
左手の薬指にぴったりだった。
妹には、その指にはめる意味がまだ理解できな
い。
「わあ、きれ~い! お姫さまみた~い! あ
りがとう王子さま~!」
でも、妹の顔にいつもの笑顔が咲いていた。
ぼくは、これでいいと思った。これで。
END
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