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今思えば、ぼくは本当にどうかしていたんだと
思う。
妹のことを忘れるなんて…
ぼくらは、魔災(まさい)チルドレンといわれ
てきた。
両親と住む家をそれで亡くしたから。
視界をおおう炎と煙…
人々の泣き叫ぶ声と、それをつんざくけたたま
しいサイレン…
がれきの下で、ぺちゃんこになっている父と母
…
道路の割れ目に飲み込まれ、あちこちで逆立ち
している自動車の群れ…
まるで人類の墓標だった…
それは、あまりに突然のことだったせいかもし
れない。
ぼくには、ぺちゃんこの両親も、崩壊してしま
った街も、
まったく現実感がなく、どこかの大作映画のセ
ットのように感じられるだけだった。
中学三年だった。
ぼくには妹がいて、彼女には軽度の知的障害が
あった。
いつもぼくの後ろについて、袖(そで)をひっ
ぱり、
上目づかいで、鼻水をたらしていた。
それを服の袖でそのまま拭おうとするので、
ぼくはいつもポケットティッシュを持ち歩いて
いなければならなかった。
両親がなくなって、ぼくらはしばらく施設に入
った。
高校にいくつもりはなかった。
働いて、妹を学校にいれてあげたかった。
その思いだけには現実感があり、
生きている意味をぼくに感じさせてくれた。
僕は中学を卒業して、新聞配達と引越し屋をか
けもちで、
寒い日も暑い日も毎日働いた。
もくもくとたんたんと働いていると、
余計なことを考えずにすんだ。
やがて、妹が無事にとある学校の特別クラスに
入学できたとき、
ぼくは本当にホッと胸をなでおろした。
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