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旅館の予約は全てゆいがしてくれて、俺はその旅館をネットの画像でしか見ていなかったが、予想通り…いや、それ以上にその場所は山深かった。
車で三時間以上走ったその場所は、昨夜あたりに雪が降ったのだろう、道路の脇には白く雪が積もっていた。
途中で寄り道しながらゆっくり来たので、旅館に到着する頃には、夕方と言うにはまだ早い時間だったが、既に薄暗くなっていた。
車を停めて、いかにも老舗と思わせる風格の門構えを抜けて、チェックインを済まして案内されたのは、隣の離れとは十分に距離の置かれた完全個室の離れ。
離れを囲む木々の葉には、まだ雪がわずかに残っていた。
旅館の女将がゆっくりと離れの戸を開けると、まるで異世界への扉が開かれたような感覚があった。
その感覚は決して大袈裟(オオゲサ)なものではなく、中に入った俺たちはその異空間に声も出なかった。
「…素敵…。」
かろうじて小さく漏らしたゆいはすっかりこの空間に酔っているようだった。
そのゆいの表情に、運転中ずっと我慢してきた俺の感情がゆっくりと膨らみかけていた。
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