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中腰の姿勢になりながら、ゴリゴリと泥を掘っていく。そうすることでアサリなど貝を掘り出すのが潮干狩りだ。
けれど、私の場合、掘っても、掘っても出てこない。やり方が悪いのか。単に運がないのか知らないけれど、無意味に泥をだけを掘るというのは苦痛だ。
それに、周りには家族連れや、友人のグループが多く居るのに、私だけが一人という疎外感、孤独感も手伝って苦痛を増長させていく。帰りたいけれど、時間が決められているため勝手に帰ることは許されない。いじめだ。
「ねぇ? 知ってる? 潮干狩りに現れる絞殺魔の噂」
「はぁ? 絞殺魔? なにそれ、聞いたことないけど。あ、ほら、町の外れにある自動販売機、あれって、ずっとあるけどさ。一つ空白じゃん? あれって…………」
「いや、そんなことより。絞殺魔だよ。絞殺魔。この時期になるとどこからともなく現れて、絞め殺して行くんだって………」
嫌な話だ。私はすぐにその場を離れた。噂なんて、たいていがろくでもない。適当なことを付加して勝手に膨らんで、大きくなって返ってくる。無責任なものだ。自動販売機だが、潮干狩りの絞殺魔だか、知らないけれど、憂鬱な気分をさらに同調させることはしないでほしい。頭が痛くなる。こういう時は足早に立ち去るべきだ。どうせ、彼らも私になんて興味ないだろうし。
「…………」
ある程度、距離をとって、もう一度、チャレンジだ。来たんだったら少しくらい採ってみたいという気持ちもあったが、ゾクリッと背後に誰かが立つ感覚がした。いや、別にそれだけならいい。ただ、背筋がサーッと冷たくなっていくのだ。冷たい視線が私の首筋、うなじのあたりに注がれていた。
潮干狩りの絞殺魔。
そんな言葉が脳裏によぎる。噂を信じるつもりはない。信じたくもない。どうせ、眉唾物だ。そもそも、なんで潮干狩りに絞殺魔が現れるのだ。警備は、警察は何をしているんだ。
とっさに振り返る。むざむざ殺されるつもりなんてない。
「おや、気がつかれちゃいましたか?」
と、端正な顔立ちの青年が両手を構えつつ言った。長靴に麦わら帽子の青年がにこやか笑いながら言う。
「これでも、気配を消すのには自信があったんですけど…………」
「何をするつもりだったの?」
「え? あぁ、貴女を絞め殺す予定でしたと答えるしかありませんねぇ。私はなんでも潮干狩りの絞殺魔と呼ばれているもので」
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