私と君と、俺

2/9

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 会議を終えてデスクへ戻った頃には既に定時を過ぎ、私は凝り固まった身体を解す様に幾らか身体を伸ばしていた。  見回せば、十数人が残業する職場はカタカタとボードを叩く音がするばかりで、味気ない。  幾つか今日中に上がってくる書類に目を通さなければならない以外は暇だ、会議の間に上がっていると踏んだがどうにも甘かったようだ。  特に残した仕事も無ければ、無言で私が居るのもプレッシャーだろう。  会議の間に我慢させられたニコチンを補給すべく。デスクに置いたままにしていた煙草のパッケージを手に、私は喫煙所へと向かう事にした。まったく肩身が狭い話だ。  喫煙所の前はちょっとした休息スペースで、そこで缶コーヒーを選ぶのがいつもの私なのだが、今日はちょっと違うモノが目に付いた。 『貴方の恋愛サポート飲料!』  可愛らしくデフォルメされた兎の顔と一緒に、そんな煽り文句が載った自動販売機下部のディスプレイ。  普段ならば大して気にもならないのだが、つい先日実家の母から貰った電話の内容が引っ掛かるのか、つい目線が行ってしまった。 「アンタ、仕事熱心なのも良いけど恋人の一人や二人いないの?」 「そろそろアタシも、孫の顔とは言わないから結婚の知らせくらい聞きたいもんだよ!」 「大体アンタは昔から――」  と、思い出してて気分が良いものじゃないな。一人であるのを良いことに苦笑いすら浮かべながら、私は自動販売機に並ぶ缶コーヒーを眺めるのだが。  どうしても気に掛かる、可愛らしい兎がデザインされたパッケージ。  いや、良い歳してそれは無いだろうと思いながらも。気付けば私は辺りを伺い、誰も居ない事を確認してからボタンを押した……つもりだった。 「部長?ぶーちょー!何処ですかーっ!?あ!居たっ!」  いや、不可抗力だろう。明らかに私を探しながら走って来た様子であったし。突然現れたと思えば致し方無い。  私は聞き覚えあるその声に振り返りながらも、自分が今しがた購入した可愛らしいパッケージのドリンクに気が気ではなかった。  高校生ならいざ知らず、私は既に30半ばだ。正確には34。いや、それはどうでも良い。  兎に角、私には不釣り合いな可愛らしいドリンクを買ってしまった気恥ずかしさを、目の前に居る新入社員には気取られたく無いと思ったのだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加