私と君と、俺

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「あ、部長……すみません……寝てました……」 「見れば分かる、書類の件なら特に問題は無かった。帰って構わないぞ?」  寝ていた事を咎めたい訳じゃない、寧ろ私までわざわざ書類を手渡しに来た姿勢は褒めるべきとすら思う。 「あの……部長?」 「ん?なんだ?」  積み重なった書類の一端を切り崩しながら生返事を返す、余計な時間を取られる訳には行かない。 「部長、嫌われてるんですか?」  ……流石にそれは予想してなかったな、返答に詰まらざるを得ない。 「多分、嫌われてるだろうな。30前で部長に大抜擢だ、面白くない奴は大勢居るだろう」  淡々と返したつもりでは居たが、震える指先に気付けば苦笑いさえ浮かべていた。 「あの……私、新人なのでそういう事とか関係ないですから……だから……」 「ネットで調べてみたよ、『らびゅん』とやら」  私より更に震える君の声を聞いていられなくて、顔を見られなくて、書類に視線を落としたまま私は告げる。 「想い人と飲ませ合うと、両想いになるとか。子供じみた都市伝説だな」  読み終えた書類を放り、次の書類を手に取る。 「……すまないが、私は今仕事で手一杯なんだよ……恋愛に回す余力は無い……」  分かっていた、分かっていたさ。残業すらせずに平然と仕事を放棄して帰る連中やら、デスクに放られた未完成の書類。  もう、限界だ。俺が何をしたって言うんだ……。 「ぶちょー?」 「すまん、見ないでくれ……」  情けない姿を、この子に晒してはいけない。まだ若い彼女には恐らく、酷な現実だ。 「見せて下さい、そういう所。まだまだ新人で会社じゃ弱っちいですけど、部長がちゃんと面倒見てくれて、少しずつ仕事出来る様になってるんですよ?」  止めてくれ、俺はそんな立派な人間じゃないんだ……。 「皆、言ってます。部長がやるから、部長に任せれば大丈夫、部長が居れば安心だって……でも、部長も人間ですもん。」  俺に優しい声を掛けないでくれ、近付かないでくれ、じゃないと俺はきっと――甘えてしまう。 「完璧なんて無理なんですよ。私も大学出るまで22年、親だったり友達だったり。一杯迷惑掛けまして、今もお仕事で部長に迷惑掛けっぱなしです」  彼女の手が俺の手に触れて、見上げた先の彼女の目元は、優しく細められていた。
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