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それは突然ぼとぼとと降ってきた泥の雨、ほんのりとカーネーションの香りを纏った青い青い泥の。
身に浴びればひんやりと心地が良いのに、誰もがそれを避けるのは何故だろうか、今や道を歩いているのは私一人ではないか。
びたん、ぴたん、鈍重な音が刻むリズムに跳ねる青、怯えてそらを見上げる連中のなんて滑稽な事。
私はくるくると泥の雨の中を躍り、回る、くるくると。
なんて楽しいんだろう、周りの誰もが私を見詰めていた。イカれた奴だとでも言いたげに見詰めていた。
なんて気持ちいいんだろう、ひんやりとした泥も、冷ややかな視線も、心に身体に心地好い。
気付けば私は笑っていた。こんな風に心から笑えたのはいつぶりだろう、それくらい思い切り笑っていた。世界が回る、くるくると。
青い青い泥が舞う。
青い泥がびしゃびしゃと。
私がふっと見上げたトラックだったものは、あちこちひしゃげて芸術的なオブジェにも似ていた。
ラジエーターから漏れ出た冷却水から昇る煙が、そのオブジェをまるで彩るように。ごうごうと、上がる、ごうごうと。
そこで私は、すぐ後ろに浮いている人を見付けた。振り返ったのだ。
「君よ、君。私と共に行こうではないか!」
彼は橙の袈裟を身に纏い、座禅を組みながら宙に浮く。そう、僧だった。
つるりとした頭が青く輝くのを見て、私は涙ながらに彼の差し出すおにぎりをうやうやしく受け取り。
「未来永劫、この身果てようとお供致します」
涙ながらにかじったおにぎりは、山葵の爽やかな味がした。
青い泥の雨が降る世界は終わって、僧の頭皮が青く輝いていた。
それはまるで羅針盤の様に私の行き先を示していてくれるようで、浮いている彼の後ろを私はひたすらに付いていった。
やがて辿り着いたのは、大きなマンション。天に届こうとしているその姿はバベルを思い出させて、雷が襲うのだろうかと身震いした。雷は苦手なのだ。
赤いメタリックな光沢のマンションのエントランスに向けて、彼がふわふわと近付いて行き、前に着いても開かないガラスの扉を突き破って中へと侵入した。
私はその青く輝く頭皮を見失わないように、ガラスの扉を押して中へと入った。
足元でざりざりとガラスの欠片が鳴いていた。
辺りを見渡すも青い輝きは既に奥へ行ってしまったのか、赤いメタリックな光沢の内装がてかてかしているばかり。
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