第1章

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小説「エスカルゴ」  懺悔 人と最後に交わした会話のことを、僕は覚えています。顔も名前も知らない相手と、壁越しに交わした会話をどうしても忘れることができません。実際には自分がただ一方的にしゃべっていただけなので、果たしてそれを会話と呼ぶにふさわしいかどうか。しかも、相手は日本語が話せないときている。そんな相手に日本語で声をかけ続けていたのだから、自分の意思は万が一にも聞き手には通じていないでしょう。そんなの会話じゃありません。独り言です。それでも僕には、意思疎通の可能性を探るよりも、自分の話に耳を傾けてくれる人がまだこの世にいるという事実を確認できただけで満足だったのです。家族も、友人も、恋する女性も、さらには自分自身さえをも失ってしまった後の自分には、こんにちは、の挨拶を交わす相手すらおらず、さもすれば人生最後となるかもしれないこの語りを、いよいよ忘れるわけにもいきませんでした。 最後に他人に語りかけた言葉の一語一句を、僕は今でもはっきりと覚えています。 ―僕はとうとう孤独になりました。一口に孤独と申しましても、孤独には二種類あります。自ら進んで他人から分離するものと、歩み寄ろうにもそこに誰もいないというものです。前者は、無人島に数日ほどバケーションに出かけるようなものでしょう。誰もいない小さな島で日常のしがらみから解放される気分は、それはそれは大変心休まるものです。しかし後者は、いや、それはなにも物理的に人が存在していないということを言っているのではありません。そこにちゃんと人はいます。けれど、むしろ人混みを進んでいる時こそが、最も自分が孤独だと感じてしまうのです。
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