第1章

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地下鉄のホームといえば、自分がプラットフォームの上を阿呆のように彷徨っている間、他人はというと、まるでその位置に立つようプログラムされたロボットのように平然とした顔で携帯電話を片手に電車を待っているではありませんか。いや、平然を装っているだけで、実は僕と同じ心境なのかもしれません。でも、やはりそんな様子には見えないような。だって、彼らも少なからず不安なはずでしょう? でも、いくら注意深く観察しても、彼らの思考の欠片さえ掴めそうにありません。それは例え彼らと言葉を交わしたとしても変わりません。いや、言葉が自分と他人の間に割り込むことで、他人の真意に辿り着くまでの道のりは、本音と嘘という二つの障害物によって一段と険しいものとなるのです。 僕はなんて陰険な人間なのでしょう。自分の功績を褒めてくれる人に対しては、もしかすると本心では僕を馬鹿にしているのかもしれないという疑念を抱き、秘密を共有するほどの友人に対しても、実は僕のことを嫌っているかもしれないという陰湿な疑いを抱かずにはいられません。正直、他人の口にする一語一句は、悪意の隠れたお世辞にしか聞こえないのです。 他人と接することに疲れた僕は、やがて彼らを恐れるようになりました。互いを騙し合っているうちは、まだ良好な人間関係を築いている方です。僕が恐れているのは、その「騙し合い」が、やがて「騙し討ち」になることです。SF映画に登場するバケモノなんて、人間に比べれば可愛いものではありませんか。牙を剥き出しにして悲鳴に似た雄叫びを上げる姿を目にすれば、体に備わっている防衛本能が危険を知らせてくれます。けれど、人間の危険を察することはできません。人間だけが、くったくのない笑顔を浮かべながら悪事を働かすことができるのです。 あはは、僕は何て馬鹿げたことを口にしているのでしょう! 人だけが悪事を行えるなんて当然ですよね。だって、悪は自然界には存在してないのです。それは人の間にしかありません。その事実がある限り、僕は人の笑顔すら万が一に備えて信じることができないのです。人に恐れを抱くから信じられないのか、それとも、人を信じられないから恐れを抱くのか。不信と恐怖の渦巻く底なし沼の中にいて、そこから抜け出す術はどこにも見当たりません。
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