第1章

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人間不信の渦に呑まれながら、けれど僕は一つの真理を見出しました。それは「文化」です。例えば、ランプ。闇を照らすランプは、希望の光を真似て作り出されたのでしょうか? いえいえ、それは闇に紛れる人影に対する恐怖心が生んだ産物です。遠方にいる相手の動向を不安に思うからこそ、電話やインターネットが発明されました。長旅の道中に出くわす闇討ちに備えて、車はより速く、そして頑丈なものへと進化を遂げました。玄関に付ける鍵だって、証拠を押さえるカメラだって、人類の発明の多くは他人に対する不信を取り除くために生まれているではありませんか。そして、そういった文明は戦争が起きる度に飛躍を遂げてきたのです。戦争こそ、他人に対する不信と恐怖が昇華された結果に起きる出来事でしょう。他人と関係を持った挙げ句の果てに血みどろの争いが待っているというのなら、僕はやはり他人となるべく関わりを持ちたくはないのです。 自分という概念は自分では創ることができません。他人に、あなたは頭が良い子だね、と言われて初めて、なるほど僕は頭の良い人間なのだ、と認識することができます。ですから、こうして他人との関係を失ってしまった僕には、もう自分という概念すら創ることができません。自分は虚無でしかないのです。 それでも、畜生! 僕はくやしい。こうして無の中にあるというのに、どうしても心が痛むのです。刃物で切られるようなするどい痛みではありません。アルミ缶を圧縮する巨大な機械に我が身を徐々に押し潰されていくような、そんな鈍い痛みです。 あなたもそこまで暇な方ではないでしょうから、長々と話を続けるつもりはありません。ただ、もうしばらくの間だけ、僕の話に耳を傾けてくださるようお願い申し上げます。なにせ僕には、あなた以外に声をかける相手がいないのです。
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