第1章

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今、僕はパリの中心部に位置するオペラ界隈で五畳の屋根裏部屋を借りています。その部屋はよくアリの湧く部屋です。僕は、彼らの姿を見かける度に指でプチッと潰してゴミ箱に捨てます。万物の命は平等でしょうか? 正直に申し上げます。アリと自分の命が平等であってたまるか! この世で唯一平等なのは、時の流れだけでしょう。もし仮に自分とアリの命が平等であるのなら、いっそ誰かに何のためらいもなくプチッと潰してもらって楽になりたい。けれど、そんな者は存在しません。自分と同じ姿形をした他人は、僕をじわじわとなぶり殺しにしていくのです。 いや、正確には人ではなくて、自分と他人との間に存在している目に映らないものが僕を蝕んでいくのでしょう。人そのものは、ネコやネズミと何ら変わらないタンパク質で構成された有機体です。愛だの、罪だの、嘘だの、悪だのといったものは、人の間に存在しているのです。きっと、その人の間にあるスペースを称して「世間」と呼ぶのではないでしょうか。そう、その世間が僕を蝕むのです。地球の大きさは数十億年前から変わらないというのに、世界の人口は増え続ける一方。つまり、人の間にあるスペースは年々狭まっているということ。僕にとって世間という場所は、もう満足に息継ぎができぬほど窮屈なのです。一歩部屋の外に出れば、あたかもサウナであるかのような感覚に陥ります。温い血の霧が充満したサウナです。息を吸う度に吐き気を催すサウナの中で、僕は血だらけで独りぼっちなのです。 僕は気づきました。存在感のない人のことを称して「影が薄い人」と呼んだりもしますが、孤独な人の影は逆に濃くなります。本体から生気を吸って成長したかのようです。ご覧になってください。僕の影はこうして日陰の中にあっても、その形がはっきりと判別できるほど黒く染まっているでしょう。ああ、なんて孤独なのでしょう。寂しい。いや、寂しいのではありません。恐い。いや、それも少し違う。もっとこう、皮膚をひっぺり返して、臓物を直接掻きむしりたいほどの不快感と絶望感を現す言葉を探しています。後悔にも似ていて、やはり違う。自分で自分を許すことができない感情を示すのに最もふさわしい言葉は何でしょう? 僕の思い当たる節では、それは「罪」しかありません。
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