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大学の夏休み、特別授業の先生になった。小学校で大学のことについて語る。荷が重すぎると思ったが、小学校時代の恩師からはどうしてもと頼まれた。暇だった。誰からも遊びや勉強会に誘われることなくすごしていた。何もしていないのに断る理由がなかった。
太陽光がまぶしい。グラウンドの土が白く見える。窓からはもくもくと広がる白い雲と鮮やかな青空が見える。教室には十人以上の日焼けをした子供が集まっていた。全員小学五年生だという。先生が時折注意をするのだが、子供たちはざわめき、快活な笑い声が聞こえた。
緊張する。期待がこもった視線を感じて私は息をのんだ。あぁ……ダメだ。逃げ出してしまいたい。かちこちに身体は固まっていた。恩師は私の様子を見て、しっかりしないさいと言わんばかりの厳しい目を向ける。一応恩師と話し合いをして何を話すか決めていたけど、言葉がうまく出ない。子供という存在に負けそうだ。私が困ったあげく咳払いをすると、ポニーテールの女の子が手を挙げた。名札には栗原奈津子と書いてある。
「はいはぁい。先生。大学の学食っておいしいんですかぁ」
奈津子ちゃんはくりっとした愛らしい目で私を見た。私は戸惑いながら頷く。
「まぁわりとおいしい。値段が安いから、よく使うよ」
「フルコースを出す大学もあると聞きました! 先生の大学もそうなんですか?」
「いや……そんなたいそうなものないよ。月替わりのオリジナル定食があるけど」
「そうなんですか、残念です。私大学に行ってフルコースを食べるのが夢なんですよ」
おどけた調子の奈津子ちゃんに坊主の男子が「食い意地張っているなぁ。太るぞ」と遠慮のない言葉を吐く。奈津子ちゃんは「もうお子ちゃまだなぁ。グルメって呼んで」と薄い胸を反らした。私は小さく笑ってしまった。奈津子ちゃんはえくぼを浮かべて笑った。緊張がほどけて、私は予定通りの授業を終えることが出来た。奈津子ちゃんは時折私の話に茶々を入れて場を湧かせた。私は奈津子ちゃんに敬服した。あの子は状況を読んで動いている。聡い子だ。うらやましかった。私もあんな子供なら、きっと楽に生きていけただろう。大学で友達に恵まれず一人の私には、まぶしすぎる子だった。普段の私なら敬遠しそうになる。しかし屈託のない笑みを浮かべる奈津子ちゃんは見ているだけで安心した。心が引き寄せられた。
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