154人が本棚に入れています
本棚に追加
先生が、唯一空いている右手を広げて私のゴールを示す。
それを合図にしたように、クスリ。
お姉さんがひとつ笑いをこぼして背を向け、扉へと向かった。
そのタイミングが絶妙で。
お姉さんと先生の、流れるような自然な距離感。
無言ながらにお互いを大切に想っているの改めて伝わってきた。
ーーーートンッ。
スライド式のドアが閉まる音が背中で静かに響く。
「………カオル、おいで」
もう一度、今度ははっきりと私を求める掠れがちな糖度の高い声に、また、涙腺がゆるゆると力をなくす。
ベッドを回り込んで、先生の腕の中だけを目指す。
いつの間にかはやる気持ちは足に伝わり、速度が上がる。
それは先生も同じだったのか、触れた瞬間その腕にかき抱かれて胸の中になだれ込んだ。
刹那、薫りたつ消毒の無菌な匂いに心の別のところが悲鳴を上げる。
「………ごめ……なさい」
私の声に、先生の右手が力を増し背中を痛いくらい包み込む。
「………ン」
先生の声の揺らぎの中に、安堵と痛みの両方を感じて胸元に頬をすり寄せた。
「………生きてて。
バカみたいに、笑ってて」
私の後頭部を優しく撫でながら、先生が小さく切なげに呟いた。
「…………勝手にどこにも行くな。
ココに、いて」
語尾が、小さく掠れた。
最初のコメントを投稿しよう!