第1章

9/40
前へ
/40ページ
次へ
先生が、唯一空いている右手を広げて私のゴールを示す。 それを合図にしたように、クスリ。 お姉さんがひとつ笑いをこぼして背を向け、扉へと向かった。 そのタイミングが絶妙で。 お姉さんと先生の、流れるような自然な距離感。 無言ながらにお互いを大切に想っているの改めて伝わってきた。 ーーーートンッ。 スライド式のドアが閉まる音が背中で静かに響く。 「………カオル、おいで」 もう一度、今度ははっきりと私を求める掠れがちな糖度の高い声に、また、涙腺がゆるゆると力をなくす。 ベッドを回り込んで、先生の腕の中だけを目指す。 いつの間にかはやる気持ちは足に伝わり、速度が上がる。 それは先生も同じだったのか、触れた瞬間その腕にかき抱かれて胸の中になだれ込んだ。 刹那、薫りたつ消毒の無菌な匂いに心の別のところが悲鳴を上げる。 「………ごめ……なさい」 私の声に、先生の右手が力を増し背中を痛いくらい包み込む。 「………ン」 先生の声の揺らぎの中に、安堵と痛みの両方を感じて胸元に頬をすり寄せた。 「………生きてて。 バカみたいに、笑ってて」 私の後頭部を優しく撫でながら、先生が小さく切なげに呟いた。 「…………勝手にどこにも行くな。 ココに、いて」 語尾が、小さく掠れた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

154人が本棚に入れています
本棚に追加