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「や、ちょ! 傘が! 傘が!」
俺の高速にどうやら傘が悲鳴を上げてるらしい。
「知ったことか! 閉じてろアマァ!」
「んー! その先輩のキャラ嫌いじゃない!」
あ、そんなドキリとすることやめ。
「あ」
そのままのスピードでトンネルを抜けた。フードはもちろん脱げたまま。
雨は俺の顔に直撃する。こんなにひどい雨だっけ? と思えるほどに俺の顔はその一瞬でびしょ濡れだ。
「ごめん、カッパのフード被せてくれない?」
慎重に自転車を漕ぎたいので片手を話すのは気が引けた。だが、今荷台に彼女がいる。彼女に頼めばいいのだ。
「えー、やですよ! 左手は荷台、右手は傘で無理です、無理です!」
え、マジですか。このままじゃ、俺ヤバいんですが。前、そろそろ見えなくなって……。
と。思ったその矢先、急に俺に向かって降り注ぐ雨がピタリと止まった。
「これで、どうですか?」
すこし視線を上げてみる。金具の枝のようなものと赤い布が見えた。ああ、これは彼女の持っていた傘だ。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、当然ですよ、そういえば……」
と、彼女は言いかけて、言葉を止めた。
「そういえば?」
俺が訊いて、彼女は間を開けて答えた。
「いや、これ、相合傘だなぁ、って……」
ああ、まただ。また、彼女はオレをドキリとさせる。ワザとだろう。俺をこき使うためにわざとそんなことを言っているんだろう。
女ってのはそういういきものだ。男に奉仕してもらうために色目を使うんだ。そういうのを見分けて対処できる男ならよかった。でも俺は耐性がない。
こうも何度もドキリとさせられるとさすがにおかしくなりそうだ。なにより、俺にとって彼女は、人生で初めての会話できる他人なんだ。
「……明日は、晴れるといいな」
「……別に私は雨でもいいですよ? 先輩なら間に合わせてくれますし」
ああ、もう、いいや。もう、俺は。
その日はずっと雨が強かった。彼女を送った帰り道。俺は雨の音に紛れて叫びながら帰宅した。もう、どうにかなってしまいそうだ。いや、どうにかなってしまっていたんだ、俺は。
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