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◇
「来週なんです、コンクール」
彼女は言った。
「そうなんだ」
余命宣告された気分だった。
「先生も気合いはいちゃって。もっと早い時間からレッスン始めようってことになったんです」
「なるほど、確かに」
更に俺は苦しめられた。
「だから、今日からいつもより早く帰れます?」
「……」
その答えはイエスだ。
まだ、帰り道には改善の余地がある。嫌だが急な上り坂を上るという手もある。俺が本気を出せば5分くらい可能なんだ。
「……難しいかな」
俺は答えた。
「はあ、ですよねー」
彼女はため息を吐く。吐き出された息とともに、期待が萎んでいく。
「今のままでも十分じゃないのか?」
俺は提案した。
「と言いますと?」
「君はもう既にヴァイオリン県内トップレベルなんだろう? そんな無理して練習する必要があるのか?」
「ありますよ、勿論。だって、私からしたら、たかだか県内トップなんです。みんな、私がもっと上に行くことを期待しているんです。応えたいじゃないですか。期待には全力で応えたいじゃないですか。だから、私は頑張るんですよ、浅川先輩」
「……そうか」
俺は彼女の気持ちがわからなかった。
明確ななにかで期待されたことが俺には無かった。勉強もスポーツも普通レベル。特出していることなんてありはしない。
特技もなければ趣味もない。彼女のように考えるための糧が俺には無い。
それもそうだろう?
だって、俺は県内1位(自称)ごときで満足してるんだぜ?
その上なんて考えたこともないんだぜ?
たかだかそれだけで偉そうに振る舞ってるんだぜ?
この程度で俺は彼女には俺の力が必要なんだと思っているんだぜ?
俺以上なんているに決まってんだろ。
俺より彼女を送るにふさわしい人間がいるに決まってんだろ。
浮かれてんじゃねえよ。
俺は決して誇れないんだぞ?
だって、いくら速くなろうが、いくら考えようが、俺は県内1位(自称)でしかなくて本物じゃない。
いつまでたっても(自称)は消えちゃくれないんだ。
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