自転車が走る。

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 本日も晴天なり。絶好の自転車日和だ。 俺を邪魔するものは何もない。熱せられた黒いアスファルト。停止を知らせる信号機。  額を伝う汗をぬぐって俺は前を見据えた。 「んだよ。赤かよ。おい、一つ向こうの信号まで行こうぜ」  後ろから聞こえてきた声に俺は意識を傾けた。その彼の提案に同意した3つの声が俺から少しずつ遠ざかって行った。 「ハッ、素人が。ここの信号は赤がみじけえんだよ。見てろ?」  誰も見てもないしそもそも聞いていないのに俺は呟く。この暑さがきっと俺に独り言を喋らせているのだ。 「3、2、1……」  ぶつぶつと念仏のように口にする。さあ、始まりだ。  俺は自転車のペダルに足をかける。そしてゆっくり踏み込んで前へ静かに進みだす。  そして。 「0……!」  思い切りペダルを踏み込む。急加速。動き出した車輪はぐんぐん加速していった。 「ほれ見ろ! オレの方が早ええんだよ! ヒャッホウゥ!」  横断歩道を渡り切り、先程の数人を遠巻きに確認した俺は、風を切ながら細い道路を駆け抜けた。  風が前から後ろに抜けていく。火照った体を冷却し、頭は髪と髪の合間に風が入り込み疲れと苛立ちを洗い流した。まるで、風のシャワーだ。
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