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勝負は彼女の帰宅路レース。俺とチャラ男、どちらが先に彼女の家にたどり着くことができるか。
ルールは単純。信号は守ること。
それ以外はない。ただ純粋にどちらが速いのか、それだけの勝負だ。
「危ないからやめようよ!」
彼女はそう言ったが、これは男の男の勝負。止まらないのは彼も一緒だった。
「校門前の信号が青に変わったら、それが合図だ。いいな?」
「ああ」
彼女はチャラ男のバイクに跨っている。チャラ男自身、負けるわけが無いと思っていることだろう。彼女を一刻も早く家に届けるのに、自転車では普通に心もとない。
バイクと自転車じゃ、それはそうだろう。俺以外は。
俺達の目の前を横断する車の流れが急に止まった。俺はペダルに足をかける。チャラ男もアクセルをふかし、準備を整えた。
ごくりと息を飲む。
横方向の信号が赤になり、縦方向の信号が青になるまでのインターバルは3秒だと言われている。
こんなにも3秒を長く感じたことはない。汗が噴き出た。心臓の音が聞こえる。強い鼓動が、まるでスタートまでのカウントダウンだ。
気合いを入れろ。たった一日しかしてない努力だが、俺の人生で一番の努力だった。
自信を持て。俺は誰だ? 俺は。
俺は帰宅部自転車部門№1浅川だ。
信号は青へ変わった。
異なる二輪の馬はそして、異なる方向へ走り出した。
「なに!?」
まっすぐ進むバイクに乗っている男は横目で俺を見た。開始早々、右折したこの俺を。
単純な距離で考えた時、この信号をまっすぐ進む方が道のりは短い。
だが、俺は知っている。彼が選んだ道と、俺が選んだ道の待ち受ける信号の数を。
信号のタイムロス。ちりも積もれば山となる。2つ、3つ信号でのタイムロスが重なればレースにおいて致命的だ。
運よく、青信号に彼が恵まれたとしても、次に俺と出会うまでに最低でも2つの赤信号に引っかかるはずだ。一方俺は、止まらない。
信号が必要ないような細い道はバイクよりも自転車の領分だ。自転車だからこそ、俺はこの道を走ることができる。自転車だからこそ、俺はバイクより、車より、新幹線よりも速いんだ。
次に俺達が再開するのは大道路の交差点。勿論、俺の方が先にここへたどり着いていた。
車道にはまだバイクの影は見えない。
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