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俺は後ろを振り返る。はるか後方の信号が青に変わったのが見えた。音を立ててこの交差点に向かってくる一つの影。あのバイクだ。
はは、すこし嫌になる。ここで再会できてしまうということは差をあまり広げられていないということだからだ。目の前の信号が青になり、俺はペダルに目一杯踏み込むが、バイクの高鳴りが後ろからどんどん迫ってきているのを感じた。
そして。
「悪いな。負けられない」
俺の横をそいつは風のように通り過ぎて行った。
ペース配分なんてやってる暇はない。ギリッと歯を食いしばる。ここから先、休みなどない。ゴールにたどり着くその時まで、俺は全力でいると決めた。
あっという間だった。昨日導き出した最速の道を、俺の最速で走り抜ける。アドレナリンが出てるんだろう。不思議なことに俺の体は辛いはずなのに少しも悲鳴をあげていない。
べっとりと汗でシャツが張り付くが、吹き抜ける風のおかげでむしろ気持ちがいい。彼女を初めて家に送り届けた時のことを思い出す。
あの時も、気持ちいい風だった。
もう一度、彼女とこの風を感じたい。そのための戦いだ。だから負けるわけにはいかなかった。
「ラスト……スパート」
そして、あの坂が立ちはだかった。
周りに、邪魔するものはなにも無い。あのバイクも見当たらなかった。これさえ、登りきれば勝つのはきっと俺だ。
昨日数えきれないほどこの坂に挑んでわかったことが3つある。
まず一つ、めちゃくちゃ体力を使う。残りの力全て振り絞る気でないといけない。
二つ、精神論は偉大だということ。実態はないけど確かにそれは存在するんだ。
そして三つ、この坂を上ることは決して不可能ではないということだ。
「あぁあぁああああっ!!」
助走は大きく取った。そして最高速度を保ったまま壁のような坂にぶち当たる。勝負の大一番だ。ここから先はやはり自分との勝負だった。
苦しくない、辛くない、痛くない、そう自己暗示する。歯を食いしばる。顎とこめかみがおかしくなってしまいそうだ。
スピードが徐々に落ちてくる。ペダルを踏み込む力を一回一回振りしぼる。ペダルを一度踏み込むだけでもう精一杯だった。
一回、もう一度、一回。踏み込む足がもう直に、止まりそうだ。
そんな時、エンジン音が坂の下から俺の耳に入ってきた。
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