そして俺が走る。

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 ◇  金曜日になった。  人が滅多に来ない最上階のトイレで、放課後俺は時間をつぶした。帰りたくなかった。  というより、校門まで行きたくなかったのだ。  昨日、あんな失態を晒して、どんな顔で彼女に会える?  思い出す。昨日のあの敗北を。  ◆ 「いつまでそうやってる?」  自転車が壊れ、彼女が目の前から消えてからしばらくして男は俺の前に現れた。俺の体は確かに痛かったが、起き上がれないほどではなかった。 「……情けないんだ」 「そう僻むな。事故だろ」 「慰めないでくれ……。彼女より、あなたに慰められる方が痛いんだ」  俺は地面に向かってそう言った。 「はぁ。慰めるつもりなんてねえよ。ただ、賞賛しに来ただけだ」 「……賞賛? なにさ、それ」  男はスーッと息を吐く。顔を上げ、彼を見ると煙草をふかしているところだった。 「俺は試したんだ。君がどんな人間か」 「どんな人間って。……俺は」  俺は自分が知られることが怖い。友達はいないし、趣味もない。面白みのない人間だ。  帰宅部だって嘘っぱち。なにもない自分に、適当の理由をつけて、自分を作った。  唯一、仲よく話せた彼女にですら俺は嘘の自分を語るだけ。  結局本物にはなれなかった。勝てなかった。嘘を語っていたことがとうとう彼女にばれてしまったかもしれない。  そんな小さいことを気にするような、そんな人間だ。俺は。 「意外とやる男だな、君は」 「え?」 「昨日、この坂を何度も登ってただろ? よくそこまでやるな」 「見て、たの?」 「近所だからな。何時間もそんなことしてたら嫌でも目に入る」 「でも、さっき俺のこと知らないって」 「知らめえよ、君のことはなにも。だから、今試したんだ。君は、本気なんだな」  どういう意味か分からなかった。何に対して本気なのか。そもそも彼が俺を試す必要性がわからなかった。 「明日、校門にこい。何時もの時間だ。アイツがお前に話すことがあるってよ」  それだけ言って、彼は歩いて俺の前から消えて行った。バイクはどこにいったんだろう? ああ、そういえば近所だって言ってたっけ。バイクは置いてきたのか。  俺はたっぷり悔しがったあと、立ち上がり、壊れた自転車を押して歩いた。けど、俺は決して立ち直れてはいなかった。
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