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「はあ……、君が昨日来ないから。いや、もういい。とっとと乗れ。説明すんのがだるい」
「え、いやちょっと……」
困惑した俺は助けを求めるように、店内で作業をする店長のおじいちゃんを見た。おじいちゃんも俺に気付いたようで手を止め、こちらを優しい目で見た。
おじいちゃん……。
そしてすごい笑顔で親指を立てた拳を俺に向けた。
「いって来いってことらしいな。いくぞ」
「え、うそ!? そういう意味だったの!? ちょっ!?」
俺は半ば無理やりヘルメットを装着され、バイクの後ろに座らされた。俺の戸惑いを余所にバイクはうなりとともに走り出した。
どこに行くのかもわからないが、俺は大人しく男の背中を見つめていた。自転車よりずっと強く感じる風は、しかし俺の求めていた風ほど気持ちよくはなかった。
◇
「ここは?」
「静かにしろ」
バイクから降りて第一声、俺は沈黙を命じられた。口を閉じたまま
俺は彼の後を追う。たどり着いたのは、上品なコンサートホールだった。
大きな扉、その前で俺と男は立ち止まった。
もう既に俺は今の状況を把握していた。
今日は彼女のヴァイオリンコンクールの日。まったく、この男はいったいどういうつもりだろうか。ここはどう考えても彼女のコンクール会場だ。でないと話が繋がらない。ただ、繋がったとしても、その意味が俺にはわからない。
どうしてここに……。
男は俺を一瞥し、扉を右手でゆっくり押した。二重の扉の向こうには無数に並んだ椅子と、明りの下のステージで、演奏する一人の女の子。
彼女だった。
「あ」
俺は思わず口を手でふさいだ。黙っていようとは思っていたが、思わず言葉が出そうになった。
いた、いた。彼女がいた。彼女が、ここにいる。
はっ、となり怒られるかもしれないと男を見る。しかし、男は俺のことなんて見ていなかった。彼が見つめるのはステージ、その上に立つ彼女だけだ。
俺も彼女を見る。彼女だけを見るように決めた。
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